――交わした「言葉」が多ければ・・多いほど・・――


――共に過ごした「時間」が長ければ・・長いほど・・――


――・・・その「絆」という名の「鎖」は・・・――


――・・「強く」・・・「固く」・・・――



――・・オレの「心」を「束縛」する・・――





「絆」





それは・・木々の間から抜ける、乾いた風の音だけが聞こえてくる・・


そんな・・・静かな「夜」だった。




――は一人、玄関ロビーで瀬人の帰り待っていた・・


私はそわそわと窓辺から玄関先に目を凝らして見たりもしたが・・

しかし・・もう、外は夜の闇に包まれ・・

外灯にぼんやりと浮かぶ黒い木々しか見る事は出来なかった・・・

「まだかな・・瀬人兄サマ?」

しん・・と、空気まで止まっている様な静まり返った「家」の中・・・

一人、誰かの帰りを「待つ」と言うのは、なんだか「心細い」ものである・・


瀬人から屋敷に戻ると連絡があったのは、ほんの一時間ほど前・・

まだ、屋敷の者ですら・・この家の「主」を出迎える準備もしていないのに・・・


それでもは「兄」である「瀬人」の帰りを待ち侘びていた。


特に「理由」なんて無かった・・・

只・・一言、私は「お帰りなさい。」と「家族」を出迎えたかっただけだった。


しばらくして・・暗闇の中に車のライトが見えた・・

耳を澄ますと微かに車の音と数人の人の声が聞こえる・・

その中にが聞き慣れた・・そして、待ち望んだ「声」が交じっていた・・・


気が付けば、私はその「声」のする方へ・・「兄」の下へ駆け出していた・・・



――その日、瀬人は数日振りに我が家である海馬邸に帰って来た。



車から降りると数人の使用人や側近達の間を抜け、瀬人は足早に屋敷の中に入っていった。


少しすると瀬人の視界にこちらに向かって来るの姿が見えた・・

は瀬人に駆け寄ると・・

「お帰りなさい、瀬人兄サマ。」

そう・・嬉しそうに自分の事を出迎えてくれていた・・

「あぁ・・今、戻った・・・」

瀬人もそんなに何時も通り・・素っ気無く返事をしていた。


二人が交わす言葉は・・ごくごく普通の「家族」の会話。


しかし・・それはどこか、ぎこちないものだった・・・



瀬人は一度だけの瞳を見ると、そのまま背を向けて歩きだしてしまった。

先に歩いていく瀬人の背中をは置いて行かれないよう、早足で付いて行った・・


何時も何気なく歩いている廊下が今日はなんだか、酷く長く感じる・・・

カツカツと・・廊下に響く足音だけが、余計にこの「沈黙」を重くしていく・・

「あの兄サマ――」
も必死に・・この「沈黙」を取り繕おうとしていたが・・
・・いい加減にその呼び方はやめろ。」
だが、瀬人はそんな「兄」と呼ぶに対して微かに苛立っていた。

そんな瀬人にはしゅんとそのまま口をつぐんでしまった・・・
「で、でも・・私は・・・」
しかし・・それでもは「瀬人」を「兄」と慕い・・
広がってしまった「兄妹」の「溝」を懸命に埋めるかのように・・

は「瀬人」に・・「兄」に話し掛けようとした・・

だが・・瀬人はの「声」にも・・「想い」にも決して応えようとはしなかった。

「オレ達はもう正式には「兄妹」じゃないと言った筈だ。」
瀬人は「事実」だけをに切り捨てるように言い放っていた・・・


――もう・・「兄妹」ではない・・・――



「事実」・・今のにとっての「現実」が重く圧し掛かる・・・

「・・・うん・・そうだったね・・・」

けれど・・にとっては、それよりも瀬人の「言葉」の方が冷たく重いモノだった。


――私は「家族」じゃないの・・兄サマ?――



ぎこちないとは反対に瀬人は何事も無かったかの様に・・
「何かあったのか、?」
そう・・淡々とから「用件」だけを聞いていた。
「う、ううん・・・何でもないよ、瀬人。」
私は「無理」をしてでも、精一杯の「笑顔」で応えていた。



――・・「良い子」でいる事・・――



私がここに来て・・ううん、「一人ぼっち」になって一番、最初に覚えた事。


――・・「作り笑顔」・・――



だけど・・この人にだけは、そんな事したくなかった筈なのに・・・



私は・・・「家族」に「嘘」など吐きたくなかった。




「言葉」では平静を装えても・・「心」までは付いて来てくれてない・・・

だから・・だから、余計に胸が苦しいし・・すごく・・痛いよ・・・



――自分の方を見る・・悲しそうなの瞳が胸に痛い・・・


どんなに隠そうとしても・・が無理をしている事ぐらい、オレには直ぐにわかる。

結局・・もオレも特に何も言わぬまま、オレは自分の部屋の前まで着いてしまった。

オレはそのまま、何も言わず部屋に入ろうとしたが・・
扉を閉めようとした、その時・・一瞬だけ、オレはの方を見た・・

さっきまで俯いていたが微かに唇を動かし・・・
「でも・・私にとっては、「瀬人兄サマ」は本当の「兄サマ」なんです・・」
そう・・最後の最後で消え入りそうな声でオレに「言葉」を投げ掛けていた。

はやっとの思いで搾り出したような声で「兄」に助けを求めていた。

けれど、瀬人はを拒絶するかの様に、只・・静かに扉を閉めていた。


閉ざされた扉を前にも何も言わず・・瀬人の部屋を後にした・・・



静寂に包まれた部屋の中、扉越しにの気配が遠ざかって行くのがわかった。


わかっている・・オレとて今までの「信頼」や「絆」を・・

の気持ちを裏切りたい訳では無い・・


「だが、オレはもう・・「あの頃」に・・「兄」に戻る事など出来ない・・・」


どっと疲れが出たかの様に、瀬人は扉に寄り掛かったまま・・・

只、先ほどのの悲しげな瞳と胸に残る重みを必死に噛み殺していた・・



一人、とぼとぼと・・が自分の部屋に戻る途中・・

姉サマ!!」


ふと・・自分の名前が呼ばれたのに気付き振り向くと、
そこには「弟」のモクバの姿があった。

「モクバ・・どうしたの?」
そう聞くに対して、
「姉サマ、あのさ・・・兄サマと話できた?」
モクバはいつも通りの明るい声で私に話し掛けてくれた。

そう・・「今まで通り」接してくれるモクバの優しさが、
今のには嬉しくも・・そして、同時に辛いものでもあった・・・


だから、私も・・ほんの少しだけ「笑顔」で『嘘』を吐いた。

「う、うん・・・元気そうだったよ。」

モクバの「優しさ」を裏切る様な・・そんな、「罪悪感」を感じながら・・・


しかし、の想いとは裏腹に・・その声は、実に悲しげで儚げなものだった・・・

――・・私は・・まともな『嘘』一つ、弟に吐けないらしい・・


モクバも『兄』同様・・そんなの拙い『嘘』が見抜けない訳が無かった・・・

それに・・物憂げな姉の様子を見れば、とても上手くいったとは思えなかった・・・

「そっか・・・良かった・・――」
だから、モクバ自身もなるべくこの事を明るく話そうと努力していたが・・


「モクバ、もう・・あの頃には戻れないのかな?」

ポツリと・・私は今の自分の「願い」を口にしていた。



そのたった一言で・・モクバにも痛々しいまでのの想いが伝わって来る様だった。

「・・・姉サマ・・・それはね・・・・」
そんな・・悲しそうな瞳をした姉にモクバも掛ける言葉が見付からなかった・・・

「私は瀬人兄サマの事もモクバの事も、本当の「兄弟」だと思ってるよ・・・」

それが・・ずっと変わらないの「想い」であり、同時に「本心」でもある。

「でも・・瀬人兄サマにとっては・・私は「妹」じゃないのかな?」

例え、どんなにが瀬人に「家族」という「温もり」を求めても・・
瀬人がそんな「の想い」に答えてくれる事は無かった。


「もう・・・「家族」じゃ、なくなっちゃったのかな・・・・?」


ずっと・・仲の良い「家族」のままだと思っていた・・・


そう・・・あの日が来るまでは・・・



――・・そう・・「あの日」・・――

――「養父」である「海馬 剛三郎」が亡くなった日・・・――



あの日・・瀬人兄サマから「話しがある。」と・・そう、一言だけ言われた・・




お父様の事は・・とても・・「痛ましい事」だったと思う・・



――・・これが、一年前から始まった『父』と『兄』との・・――


――・・『ゲーム』の結末・・――



けれど・・そんな『父』からの理不尽な「暴力」に・・

『兄』である「瀬人」が・・ずっと「一人」で耐えていた事も・・

「弟」のモクバも・・そして・・勿論、「私」も知っていた・・・


――・・知っていて・・でも、怖くて・・只、私は見てる事しか出来なかった・・・



――誰も・・瀬人兄サマを責める権利なんて無い・・――


――これで・・もう『兄』を「苦しめるモノ」は無いとそう思っていた・・――




だから、私は・・「お父様の事」や「これからの『海馬家』や『会社』の事」とか・・
きっと・・私にとっては、そんな難しい事の説明ぐらいだと思っていた。



――・・けれど・・それは「私」にとっても・・――


――・・全ての「終わり」であると同時に・・――


――『今の私』を取り巻く、現実の「始まり」でしかなかった・・――




私がその日、初めて兄の口から聞いた言葉は信じがたい物だった。

「兄サマ・・それって、一体・・・?」

――只の・・聞き間違えで、あって欲しかった・・

、もう・・オレを「兄」と呼ぶ必要も無い。」
瀬人はそんなに念を押す様に・・もう一度だけ、ハッキリと言った。
「えっと・・・じょ、冗談だよね?」
突然の事で声が出ない・・ただ、自分の手が震えているのがわかる・・

――わかっている・・この「兄」がそんな事を言う人ではない事ぐらい・・

「オレがこんな「冗談」を言うと思うか?」

――そんな事・・・誰よりも、わかってるよ・・・



手渡されたのは2枚の紙。

そこには「海馬 瀬人」と「海馬 モクバ」と記された、海馬家の戸籍。

そして、もう一枚には、

当の昔に亡くした筈の『 』と記された家の戸籍だった。


「見た通りだ。」



たった・・こんな、二枚の紙切れが・・・

「兄妹」という・・・「絆」を断ち切っているようで嫌だった。




「・・・に、兄サ――」

「この家には、これまで通りに居ていい・・それだけだ。」
そう言い捨てると瀬人はを部屋に残し去って行った。



に残された物は・・認めたくない「現実」を記した紙切れと・・


それを「現実」だという・・・冷たい「兄」の「言葉」だけだった・・・



――「あの日」から、「私」と「兄サマ」との――

――「兄妹」としての時間は、ずっと・・止まったままだった。――



あれからずっとは、只・・「兄」に「普通」に話し掛ける事さえ出来ずにいた・・・

「もう一回・・瀬人兄サマの所に行ってくる・・」
このままじゃ・・もう二度と兄サマと同じ場所に居れない気がするから・・・
「・・姉サマ・・」
モクバは思い詰めた様な瞳の姉を心配そうに見つめていた。
「だって・・・折角・・久しぶりに話せるんだもん!!」
そんなモクバを察してか、も不安よりも、もっと素直な気持ちを告げた。
「そっか!!うん、兄サマも姉サマの事「嫌い」になった訳じゃないぜ。」


――兄サマも姉サマの事、「嫌い」じゃないから・・悩んでるんだけどね・・・


「それじゃあ・・お休みなさい、モクバ。」

「うん・・・お休み、姉サマ!!」

そう御互いに言葉を交わすと、は兄の部屋に向かっていった。


コンコンと規則正しいノックの後、は意を決してドアを開けた。
「瀬人兄サマ・・・まだ、起きてますか?」
は背を向けている兄に恐る恐る声を掛けた。
「ん・・か?」
瀬人も気がついたのか振り返る事も無く返事をした。
「兄サマ、少し話して良い・・?」
だがは振り向いてもくれない兄が少し悲しかった・・
「あぁ・・別にかまわん・・・」
けれど、瀬人はそのまま省みずに話を続けていた。
「あ、あのね・・兄サ――」
そう、が話を切り出そうとした時・・

・・・お前は何故ここに居る?」


――どうして・・・オレの元に来る・・・


「瀬人兄サマの気持ちを・・知りたかったから・・・」
そう、ずっと聞きたくて・・でも、怖くて聞けなかった事・・
「・・・が知ってどうなる?」
そう聞くとは言葉に詰まりながらも・・
「兄サマは「家族」だから・・兄サマが私の事そう思ってなくても・・・」
そう、唯一つのがずっとずっと「あの日」から大事にしていた想い。
「あぁ・・オレは・・もう、「あの頃」とは違う・・・」
だが、瀬人は顔色一つ変えずに話を聞き流すだけだった・・
「私の「家族」は「今」も「昔」も「あの時」から、瀬人兄サマとモクバだけだから・・・」
それでも、は「瀬人」に「兄」に、自分の気持ちを伝えたかった。
「もういい、!! オレは「あの頃」とは変わった!!」
瀬人は声を荒げ、の声を掻き消そうとした。
「例え、兄サマが変わってしまったとしても・・私は・・・」

――私は・・私の『心』は変わる事なんて出来ないよ・・



――オレ自身・・もう、限界だった・・――




「なら、!!「兄」が「妹」に対して「恋愛感情」を抱いていたら・・・
それこそ・・・オレは狂っているという事だろう!!」


今まで抑えていた感情が・・関を切ったかの様に外に流れ出す。



「――・・に、兄・・サマ・・・?」


――・・「レンアイ・カンジョウ」・・「クルッテイル」・・?

どういう「意味」か・・・よくわからないよ・・・



只・・訳も分からず、呆然と立ち尽くすを前に・・

それでも、瀬人は自分の想いを止める事など出来なかった・・・


「オレは一人の「男」として、お前の事を「女」として「愛している」!!」

オレは・・見っとも無く息を切らし、に対して叫んでいた・・


それは、まるで・・何も知らないを責めているかの様だった・・


窓から見える暗い闇の様な、重苦しい「沈黙」が二人の間を支配する。



瀬人は乱れている自分の呼吸を整え・・何時もの「冷静さ」を保とうとしていた。

「・・・それでは・・・それでは、駄目なのか?・・・。」

最後に残った一滴の「感情」が、それが瀬人のに対する純粋な想い。


――・・けれど、例え・・そうだとしても・・――

――オレは『自分の感情』を・・『』に押し付けているに過ぎない・・――



「――・・い、嫌・・兄サマ・・・聞きたく・・ないよ・・・」

は・・目を閉じ・・耳を塞ぎ・・この「現実」を『拒絶』していた・・・


は逃げる様に部屋から飛び出すと、暗い廊下の向こうに消えていった・・・



一人・・部屋に残された瀬人も苦しんでいた・・・


――「絆」――


これが・・こんなにも「重いモノ」になるとは思わなかった・・・


今の瀬人にとっては・・・只、全てが煩わしいかった・・・

「・・・・」

――結局・・オレは自分の事しか考えられないでいる。


――その「結果」が、これだ・・・――


いつからだっただろう・・・に対して、こんな感情を抱いたのは・・・


――ククク・・「感情を抱いた」?・・・いや、それは違ったな・・・

――この「気持ち」に気付いてしまったのは・・


――・・「あの時」だった・・・――



養父である剛三郎とオレとの、あの「最後のゲーム」が始まってから。

そう・・あの頃から、には何件かの「婚約」の話が来ていた・・・
海馬Coの利益の為に使う「婚約」という名の「取引」、俗に言う「政略結婚」という奴だ。

「これでもやっと海馬コーポレーションの利益に貢献でき、
「海馬家の娘」として、さぞ「誇り」に思っているだろう。」
オレの前で、奴は悠々とそんな下衆た事を自慢げに語っていた。

――・・あの男の言葉を聞く度に・・・虫唾が走る・・


」があの男の「道具」として扱われるのが我慢できなかった・・・


」を・・オレの「妹」を守りたかった。



――簡単な事だった・・オレがその「会社」を潰し乗っ取った・・・


――・・只、それだけの事・・・――



それから、に「縁談」の話がある度に・・オレはそんな事を何回か繰り返していた。

「「政略結婚」なんて物より・・こっちの方が早い・・・」
オレがこう言うと、あの男も「最もだな。」と馬鹿笑いをしていたが。


――しかし、「あの男」は昔から人の「弱み」を見つけ出す事に長けていた。


ある日、あの男はオレにカマをかけてきた・・・


「瀬人・・お前はの「婚約」について乗る気ではないようだが?」
いつもと同じ品良く繕った柔和な物腰だったが、
眼はまるで獲物を脅す毒蛇の様にオレを見据えていた。
「ボクは・・はまだ「子供」だと言いたいだけです。」
「子供」と言っても、は自分より一つ年下なだけである。
「ははは・・「子供」か、確かに『兄』から見ればそうかもしれんな。」
剛三郎は手紙の封を切りながら、可笑しそうに茶化していた。

――あいつはわざと、オレに対して「兄」という「言葉」を強調しているかのようだった。

「我が子ながら・・良い「娘」だ、できれば私が「嫁」にしたい位だ。」
アイツはそんな、本心でも無い馬鹿げた惚気話を延々とオレにしていた。
「ご冗談を・・は貴方の「娘」ですよ。」
アイツの茶番に付き合うのも、うんざりだった・・・

「だが・・・それはお前も「同じ」事じゃないのか? 瀬人。」

次の瞬間、奴の目の色が変わった、 そう獲物を捕らえた恍惚とした獣の瞳。

「――・・っ!?」
その瞳を見た時、オレは息を飲んだ・・・

剛三郎は手にしていたペーパーナイフを瀬人の顎に当て・・

そして、ゆっくりと・・その銀の刃を喉に突きつけていた・・・

が欲しいか、瀬人?・・・止めておけ、アレは私の「駒」だ。」

――こんな物では「人を殺す」事など出来ない・・

だが、どんなに鋭利な刃物よりも・・この「言葉」の方が、瀬人の「心」にえぐり込んだ・・・

「そして・・瀬人、お前も私の盤の上に居る優秀な手駒に過ぎん・・・」
剛三郎はそう瀬人に言い聞かせると・・喉元から銀のペーパーナイフを下ろした。


――ああ・・オレ自身ですら、奴の手の内で生かされているに過ぎない・・


「――・・失礼します・・・」


オレは内に秘めた「焦り」と「苛立ち」を無理矢理、押さえつけ・・部屋を後にした。



「――クソッ!!」
無様にも、オレは拳を廊下に打ちつけていた。

「――・・瀬人兄サマ?」

「――っ!?・・・・か・・?」
声のした方へ振り返ると、妹のが居た。
「瀬人兄サマ・・また、お養父様が・・・?」
オレの様子を察してか、は直にオレに駆け寄ってきた。
「いや・・別に何処も怪我などしてない・・・」
怪我が無いかと手を取るに、オレは平静を装った・・
「あっ・・兄サマ、喉元に血が滲んでる・・!?」
はそっと手を伸ばし、瀬人の傷口に触れていた。


心配そうにオレを見つめるの瞳が自分の直ぐ目の前にある・・


気が付けばオレはを自分の胸の中に強く抱き締めていた。


オレは「兄」として「」を「守っている」つもりだった・・・

「に、兄サマ?」


しかし、実際は今まで「オレのモノ」だと思っていた「」が・・・

自分以外のモノになるのが、我慢できず許せなかっただけだった・・・


「お前が・・が気に病む事は何も無い・・・」


他の誰の為でもなく・・「自分自身」の為だった・・・


――あの時から「」は・・・オレの「妹」ではなくなった。



だから・・あの日、オレは真っ先にと海馬家との養子縁組を解く事にした。



それは・・今まで「オレ」と「」の間にあった、
「絆」を全て「断ち切る」事を意味している事ぐらいわかっている・・


けれど、これ以上「兄妹」としての傍に居る事など耐えられなかった。




「・・・モクバか・・・」
部屋に入るなり、何が言いたげなモクバの姿があった。
「兄サマ、途中で姉サマに会った・・・姉サマ、泣いてたよ。」
モクバは非難する訳でもなく、ただ心配そうにオレを見つめていた。


――あの時も、直ぐにモクバがオレの元に来た・・・


とオレ達を別々の「家族」にした、あの日・・
は・・姉サマはオレ達の「家族」じゃなかったの!?」
モクバも同様、いくら兄の決めた事とはいえ納得出来なかった。
「・・・・」
モクバの言葉に瀬人は何も答えなかった、いや答えられなかった・・
「兄サマ・・・姉サマの事、「嫌い」になったの?」
モクバは只どうしてこうなってしまったか、それだけでも知りたかった・・
「――・・・違う・・・」

――誰が悪い訳でもない・・

「じゃあ・・・今も姉サマの事、「好き」・・・?」
モクバも薄々は兄のに対する気持ちの違いに気付いていた・・・
「――・・・あぁ・・・」
そして、こんな結末を兄が選ぶ日が来るかもしれない事を・・・
「・・そっか・・・わかった、兄サマ。」
だから、オレは「兄サマの想い」も「姉サマの想い」もどちらも言えなかった。


「兄」は・・「家族」であった、「思い出」より、素直な「自分の気持ち」を選び・・

「姉」は・・今までの「思い出」や「家族」としての「絆」を望んでいる・・・



――オレだって、あの二人が苦しむ姿を何も出来ずに見ているのは嫌だから・・・


「兄サマ・・姉サマの所に居てあげなよ・・
きっと・・姉サマも兄サマが来てくれるの待ってるから。」
これがモクバに出来た、精一杯の兄への助言だった。
「――・・あぁ、わかった・・」

―ーすまない、モクバ・・

瀬人はモクバに礼を言うとの後を追っていった。


今はもう使われていない、真っ暗な部屋の中・・
はベッドの上で一人膝を抱えて小さく座っていた。

暗く静かな天蓋で区切られたベットの上だけが、
今のにとっては、唯一の安息の地だった・・

カーテンの隙間から微かに光が入り込み・・ベッドの上を薄暗く照らしている。

――そして・・・

「やはり・・・ここに居たのか、。」
見慣れた大きな人影は、そう優しく話しかけてくれた。
「・・・瀬人・・兄サマ・・・・?」
は涙を拭いながら、その大きな影を見上げてた。
「「あの時」も・・・はここに一人で居たな。」
瀬人は少し懐かしそうに昔の事を思い出した。
「兄サマ・・・まだ、覚えててくれたの・・・?」
瀬人も覚えていたからこそ、この場所に来れたのだろう・・


――「あの時」も「瀬人」は私の傍に居てくれていたね・・



――「あの時」・・私が「瀬人」の・・「兄サマ」の・・・


――「兄妹」に・・「家族」になった日・・・――


両親を亡くし、海馬家に引き取られた後も・・・

は、海馬の屋敷に馴染む事がなかなか出来なかった・・

只回りには大勢の他人がいて、その中でたった一人いつも怯えていた。


明かりも無く、真っ暗な部屋の中・・私はベッドの上で一人膝を抱えて座っていた。

一人ぼっちなら・・こんなに広い「世界」は必要じゃなかったから・・

この小さな空間だけが自分が存在できる、唯一の「世界」だった。



部屋の扉が開き・・真っ暗な部屋に光が差し込んできた



「・・・「誰」ですか?」


入ってきたのは、小さな影と少し大きい影


少し大きな影が聞いてきました。
「お前・・ここで「一人」で泣いてたのか?」


「・・うん・・・」


小さな影も心配そうに聞いてきました。
「何か嫌な事があったの?。」


「・・う、ううん・・・」


「・・じゃあ・・・」


「・・怖かったの・・」


「すごく広くて・・「一人ぼっち」だって感じるから・・」


「・・・怖かったの・・・」


「一人じゃないなら・・・お前はもう泣かなくて済むんだな。」


「・・えっ?」



「オレが・・・お前の「兄サマ」になってやる。」


少し大きな影は優しく、そして力強く言ってくれた。


「オレ達が・・・今日からの「家族」だから。」


また、光が差し込んできた二つの影は

その時から、私の大切な『家族』になった。


「・・・うん・・」



――あの日から、は「瀬人」を「兄サマ」と呼ぶようになった。――




「あれが・・あの時の私の「全て」だったから・・・」
は懐かしそうに、そして、とても愛しそうにあの時の事を話していた・・
「クク・・でも、まさか「あの時」のオレの言った「言葉」が・・・
こんなにも「重いモノ」になるとは思わなかったがな・・・」
瀬人も少し皮肉めいた口調だったが、だが彼にとっても大事な思い出である。
「ち、違う・・わ、私はあの「言葉」があったから・・・兄サマの事・・・」
オレの言葉を真に受けながら、は何か言いかけたまま、口つぐんでしまった。
「オレの事を・・・何だ?」
多分、もオレと同じ気持ちなのだろう・・
「・・・・・・・」
がこういう顔をする時は、決まって「無理をしている」時が多い。
「・・「家族」としてだ・・・」
オレは見え透いた「言い訳」をして・・自分の胸元にを抱き込んでいた。


自分の事を優しく抱き締めてくれている・・・


間近で見る瀬人は・・・「顔」も「声」も「体」も・・・
あの頃より・・ずっと「大人っぽく」なっていた・・・

瀬人と出会ってから・・・それだけの年月がもう過ぎているという事だろう・・・

そう思うと・・もう、あの頃には戻れない気がして無性に悲しくなった・・

――でも・・

瀬人の蒼い瞳だけは変わってない様に思えて・・

ずっと・・・その目を見ていたかった・・・

瀬人はの瞳を見つめながら、本当に伝えたかった想い告げた。
・・オレがあの時に言った「言葉」は覚えているし・・守りたいと思う。」
あの時、を大切だと・・「家族」だと言ったオレの言葉に偽りは無い。
「だが・・オレはを「妹」としてでなく、オレの本当の「家族」にしたい。」
そして、今オレがを大切だと・・「好き」だと言った言葉にも偽りは無い。
「オレの気持ちに応えられないのなら、それでもいい・・・
だが、「兄妹」だから「家族」だからという、「理由」でオレから逃げる事は許さん・・・」
オレは、もうをあの日の様に二度と一人にはしたくない・・・
「・・怖かった・・・」
真っ直ぐな瀬人の瞳と温かな気持ち・・嘘じゃないって知ってた・・
「・・何がだ?」
兄サマの本当の気持ちだったから、だからどう応えて良いか解らなかった・・・
「・・・今までの「絆」とか「思い出」とか・・バラバラになりそうで怖かったから・・・」
今までの大好きな兄サマとモクバとの大切な日々が、変わっちゃうって思ったから・・
「もう・・「大切なモノ」はなくしたくなかったから・・・」
もう、私は一人ぼっちにはなれないよ・・・
「・・・・・オレが傍に居れば、は「大切なモノ」を失うのか?」
の不安はもっともだった、そしてオレも今までの気持ちを判っていながら無視していた・・
「ううん・・・「大切なモノ」はきっと「形」は変わってしまうけど・・・
「想い」までは変わらないから・・それでも・・・・・」
も瀬人と言葉を交わす度に、今までの不安よりも・・
「・・・それでも、構わないよ・・・瀬人・・・」
朧げながらも自分の気持ちが形に成り、言葉に成っていた。
「「兄妹」とも、今まで通りの「家族」とも違うが・・本当に良いのか?」
そんなにオレは少々無粋な事を聞いたかもしれない・・
「兄サマの・・瀬人の傍に居られるなら、大丈夫だから・・・」
だが、もうオレだけの一方的な想いでもモクバも、誰を傷つける事をしたくは無かった。
「・・・・」

この「名前」を呼ぶ度に・・自分の「心」が揺れ動く・・・

今はこの「名前」を「妹」としてではなく、「」として呼ぶ事が出来る・・

「・・瀬人・・」

自分の「名前」が呼ばれる度に「心」が揺らぐ所ではなかった・・・



「・・瀬人・・・・兄サマ・・・・」

抱きしめる腕の中で、甘く囁くの声・・

「――・・オレは・・・」

の瞳に今は只一人、オレだけが映っている。

「――・・に、兄サマ・・・ううん、瀬人・・・」

そして、今オレの瞳にはしか映っていない。



「おーい!! 姉サマ、ここに居るーー!!」



―― ・・!?・・ ――




どうやら、タイミングの悪い事に心配したモクバが探しに来たらしい。

達は天蓋のカーテンで囲まれたベッドの上だったので
丁度、モクバからは死角に成って見えないらしい。

はいうと、瀬人の腕の中ですっかり動揺して固まってしまっている。
「に、兄サマ・・えっと・・どうしよ――」
慌てて声を出そうとした時、そっと瀬人に言葉を止められた・・
「今は・・誰にも邪魔をさせる気は無い・・・」
そのまま、瀬人はをベッドの上に押し倒すと優しく口付けをした・・

「あれ?・・・居ないのかな、姉サマ?」

部屋の入り口の方で、私を探してるモクバの声がする。


はまだ瀬人の腕の中だった・・


体が震えて・・すごくドキドキする・・・

兄サマにキスされてて・・モクバが部屋に来ていて・・・

見付かるかもしれなくて・・気まずくて困る筈なのに・・・


――なのに・・・このまま・・兄サマに止めて欲しくない・・・・


そっと・・自分に掛かっていた、温かな瀬人の重みが無くなった・・
「――・・あっ・・・・・瀬人兄サマ・・・?」
はどうしていいか判らずに、少し不安そうに瀬人を見つめていた。
・・・今日はここまでだ・・・・」
そういうと、瀬人はの頭を優しく撫でながら「おあずけ」をした。
「はぁ・・・に、兄サマ――」
もなんだかこういう時だけ「妹」扱いされたと思い少しだけ悔しかった。
「この先は・・・そうだな、お前がオレを「兄サマ」と呼ばなくなってからだ・・・」
瀬人もまたに我が侭を言ってしまいそうだった、自分にブレーキをかけていた。
「・・・う、うん・・・わかった・・・」
も少し頬を染めながら、ただ今は瀬人の言葉を素直に頷いていた。


――オレとしても・・・「妹」を抱く訳にはいかないからな・・・


ただ、愛らしいそのの仕草を見ていると、その気持ちも何処かに失せてしまいそうだった。

「オレも今回はここまでで・・我慢しておく・・・」
瀬人も少し苦笑しながら、もう一度を抱きしめキスをした。


――二度目に触れた唇も温かくて・・・ただ、凄く嬉しかった・・・




――・・・「好き」と言う気持ちが・・・――


――・・・二人の新しい「絆」・・・――



――・・・そして・・・――



――あの日の「約束」が叶えられたのは・・――


――まだ・・もう少し先の「未来」の出来事・・・――






>FIN



100HIT 速水様捧ぐ




>BY・こはくもなか


>あとがき
今回は書き手の趣味全開の「義兄妹」ドリームです。(苦笑)
辛かった・・二人+モクバ君達の事を思うと書いていて
かなり辛い心苦しい所が一杯だった分、ラストが幸せそうで楽しかったですw
これを書くに当たって「シスタープリンセス」(PSゲーム)がとても参考になりましたw

「恋」は性別も年齢も立場も、何より「違う心」を持った他者同士が
その「違い」という垣根を越えて、より良い人間関係を作る事だと私は思っています。

この小説で書いた「恋の話」をもし様が楽しんで頂けたら幸いです。

2005.11.4 こはくもなか拝

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