――は一人、玄関ロビーで瀬人の帰り待っていた・・ 私はそわそわと窓辺から玄関先に目を凝らして見たりもしたが・・ しかし・・もう、外は夜の闇に包まれ・・ 外灯にぼんやりと浮かぶ黒い木々しか見る事は出来なかった・・・ 「まだかな・・瀬人兄サマ?」 しん・・と、空気まで止まっている様な静まり返った「家」の中・・・ 一人、誰かの帰りを「待つ」と言うのは、なんだか「心細い」ものである・・ 瀬人から屋敷に戻ると連絡があったのは、ほんの一時間ほど前・・ まだ、屋敷の者ですら・・この家の「主」を出迎える準備もしていないのに・・・ それでもは「兄」である「瀬人」の帰りを待ち侘びていた。 特に「理由」なんて無かった・・・ 只・・一言、私は「お帰りなさい。」と「家族」を出迎えたかっただけだった。 しばらくして・・暗闇の中に車のライトが見えた・・ 耳を澄ますと微かに車の音と数人の人の声が聞こえる・・ その中にが聞き慣れた・・そして、待ち望んだ「声」が交じっていた・・・ 気が付けば、私はその「声」のする方へ・・「兄」の下へ駆け出していた・・・ ――その日、瀬人は数日振りに我が家である海馬邸に帰って来た。 車から降りると数人の使用人や側近達の間を抜け、瀬人は足早に屋敷の中に入っていった。 少しすると瀬人の視界にこちらに向かって来るの姿が見えた・・ は瀬人に駆け寄ると・・ 「お帰りなさい、瀬人兄サマ。」 そう・・嬉しそうに自分の事を出迎えてくれていた・・ 「あぁ・・今、戻った・・・」 瀬人もそんなに何時も通り・・素っ気無く返事をしていた。
二人が交わす言葉は・・ごくごく普通の「家族」の会話。 瀬人は一度だけの瞳を見ると、そのまま背を向けて歩きだしてしまった。 先に歩いていく瀬人の背中をは置いて行かれないよう、早足で付いて行った・・ 何時も何気なく歩いている廊下が今日はなんだか、酷く長く感じる・・・ カツカツと・・廊下に響く足音だけが、余計にこの「沈黙」を重くしていく・・ 「あの兄サマ――」 も必死に・・この「沈黙」を取り繕おうとしていたが・・ 「・・いい加減にその呼び方はやめろ。」 だが、瀬人はそんな「兄」と呼ぶに対して微かに苛立っていた。 そんな瀬人にはしゅんとそのまま口をつぐんでしまった・・・ 「で、でも・・私は・・・」 しかし・・それでもは「瀬人」を「兄」と慕い・・ 広がってしまった「兄妹」の「溝」を懸命に埋めるかのように・・ は「瀬人」に・・「兄」に話し掛けようとした・・ だが・・瀬人はの「声」にも・・「想い」にも決して応えようとはしなかった。 「オレ達はもう正式には「兄妹」じゃないと言った筈だ。」 瀬人は「事実」だけをに切り捨てるように言い放っていた・・・
――もう・・「兄妹」ではない・・・―― 「事実」・・今のにとっての「現実」が重く圧し掛かる・・・ 「・・・うん・・そうだったね・・・」 けれど・・にとっては、それよりも瀬人の「言葉」の方が冷たく重いモノだった。
――私は「家族」じゃないの・・兄サマ?―― ぎこちないとは反対に瀬人は何事も無かったかの様に・・ 「何かあったのか、?」 そう・・淡々とから「用件」だけを聞いていた。 「う、ううん・・・何でもないよ、瀬人。」 私は「無理」をしてでも、精一杯の「笑顔」で応えていた。
――・・「良い子」でいる事・・―― 私がここに来て・・ううん、「一人ぼっち」になって一番、最初に覚えた事。
――・・「作り笑顔」・・―― だけど・・この人にだけは、そんな事したくなかった筈なのに・・・
私は・・・「家族」に「嘘」など吐きたくなかった。 「言葉」では平静を装えても・・「心」までは付いて来てくれてない・・・ だから・・だから、余計に胸が苦しいし・・すごく・・痛いよ・・・ ――自分の方を見る・・悲しそうなの瞳が胸に痛い・・・ どんなに隠そうとしても・・が無理をしている事ぐらい、オレには直ぐにわかる。 結局・・もオレも特に何も言わぬまま、オレは自分の部屋の前まで着いてしまった。 オレはそのまま、何も言わず部屋に入ろうとしたが・・ 扉を閉めようとした、その時・・一瞬だけ、オレはの方を見た・・ さっきまで俯いていたが微かに唇を動かし・・・ 「でも・・私にとっては、「瀬人兄サマ」は本当の「兄サマ」なんです・・」 そう・・最後の最後で消え入りそうな声でオレに「言葉」を投げ掛けていた。 はやっとの思いで搾り出したような声で「兄」に助けを求めていた。 けれど、瀬人はを拒絶するかの様に、只・・静かに扉を閉めていた。 閉ざされた扉を前にも何も言わず・・瀬人の部屋を後にした・・・ 静寂に包まれた部屋の中、扉越しにの気配が遠ざかって行くのがわかった。
わかっている・・オレとて今までの「信頼」や「絆」を・・ どっと疲れが出たかの様に、瀬人は扉に寄り掛かったまま・・・ 只、先ほどのの悲しげな瞳と胸に残る重みを必死に噛み殺していた・・ 一人、とぼとぼと・・が自分の部屋に戻る途中・・
「姉サマ!!」 ふと・・自分の名前が呼ばれたのに気付き振り向くと、 そこには「弟」のモクバの姿があった。 「モクバ・・どうしたの?」 そう聞くに対して、 「姉サマ、あのさ・・・兄サマと話できた?」 モクバはいつも通りの明るい声で私に話し掛けてくれた。
そう・・「今まで通り」接してくれるモクバの優しさが、 しかし、の想いとは裏腹に・・その声は、実に悲しげで儚げなものだった・・・ ――・・私は・・まともな『嘘』一つ、弟に吐けないらしい・・ モクバも『兄』同様・・そんなの拙い『嘘』が見抜けない訳が無かった・・・ それに・・物憂げな姉の様子を見れば、とても上手くいったとは思えなかった・・・ 「そっか・・・良かった・・――」 だから、モクバ自身もなるべくこの事を明るく話そうと努力していたが・・
「モクバ、もう・・あの頃には戻れないのかな?」 そのたった一言で・・モクバにも痛々しいまでのの想いが伝わって来る様だった。 「・・・姉サマ・・・それはね・・・・」 そんな・・悲しそうな瞳をした姉にモクバも掛ける言葉が見付からなかった・・・ 「私は瀬人兄サマの事もモクバの事も、本当の「兄弟」だと思ってるよ・・・」 それが・・ずっと変わらないの「想い」であり、同時に「本心」でもある。 「でも・・瀬人兄サマにとっては・・私は「妹」じゃないのかな?」 例え、どんなにが瀬人に「家族」という「温もり」を求めても・・ 瀬人がそんな「の想い」に答えてくれる事は無かった。
「もう・・・「家族」じゃ、なくなっちゃったのかな・・・・?」 あの日・・瀬人兄サマから「話しがある。」と・・そう、一言だけ言われた・・
お父様の事は・・とても・・「痛ましい事」だったと思う・・ ――・・知っていて・・でも、怖くて・・只、私は見てる事しか出来なかった・・・
――誰も・・瀬人兄サマを責める権利なんて無い・・―― だから、私は・・「お父様の事」や「これからの『海馬家』や『会社』の事」とか・・ きっと・・私にとっては、そんな難しい事の説明ぐらいだと思っていた。
――・・けれど・・それは「私」にとっても・・―― 私がその日、初めて兄の口から聞いた言葉は信じがたい物だった。 「兄サマ・・それって、一体・・・?」 ――只の・・聞き間違えで、あって欲しかった・・ 「、もう・・オレを「兄」と呼ぶ必要も無い。」 瀬人はそんなに念を押す様に・・もう一度だけ、ハッキリと言った。 「えっと・・・じょ、冗談だよね?」 突然の事で声が出ない・・ただ、自分の手が震えているのがわかる・・ ――わかっている・・この「兄」がそんな事を言う人ではない事ぐらい・・ 「オレがこんな「冗談」を言うと思うか?」 ――そんな事・・・誰よりも、わかってるよ・・・ 手渡されたのは2枚の紙。 そこには「海馬 瀬人」と「海馬 モクバ」と記された、海馬家の戸籍。 そして、もう一枚には、 当の昔に亡くした筈の『 』と記された家の戸籍だった。 「見た通りだ。」
「・・・に、兄サ――」 「この家には、これまで通りに居ていい・・それだけだ。」 そう言い捨てると瀬人はを部屋に残し去って行った。
に残された物は・・認めたくない「現実」を記した紙切れと・・ あれからずっとは、只・・「兄」に「普通」に話し掛ける事さえ出来ずにいた・・・ 「もう一回・・瀬人兄サマの所に行ってくる・・」 このままじゃ・・もう二度と兄サマと同じ場所に居れない気がするから・・・ 「・・姉サマ・・」 モクバは思い詰めた様な瞳の姉を心配そうに見つめていた。 「だって・・・折角・・久しぶりに話せるんだもん!!」 そんなモクバを察してか、も不安よりも、もっと素直な気持ちを告げた。 「そっか!!うん、兄サマも姉サマの事「嫌い」になった訳じゃないぜ。」 ――兄サマも姉サマの事、「嫌い」じゃないから・・悩んでるんだけどね・・・ 「それじゃあ・・お休みなさい、モクバ。」 「うん・・・お休み、姉サマ!!」 そう御互いに言葉を交わすと、は兄の部屋に向かっていった。 コンコンと規則正しいノックの後、は意を決してドアを開けた。 「瀬人兄サマ・・・まだ、起きてますか?」 は背を向けている兄に恐る恐る声を掛けた。 「ん・・か?」 瀬人も気がついたのか振り返る事も無く返事をした。 「兄サマ、少し話して良い・・?」 だがは振り向いてもくれない兄が少し悲しかった・・ 「あぁ・・別にかまわん・・・」 けれど、瀬人はそのまま省みずに話を続けていた。 「あ、あのね・・兄サ――」 そう、が話を切り出そうとした時・・ 「・・・お前は何故ここに居る?」 ――どうして・・・オレの元に来る・・・ 「瀬人兄サマの気持ちを・・知りたかったから・・・」 そう、ずっと聞きたくて・・でも、怖くて聞けなかった事・・ 「・・・が知ってどうなる?」 そう聞くとは言葉に詰まりながらも・・ 「兄サマは「家族」だから・・兄サマが私の事そう思ってなくても・・・」 そう、唯一つのがずっとずっと「あの日」から大事にしていた想い。 「あぁ・・オレは・・もう、「あの頃」とは違う・・・」 だが、瀬人は顔色一つ変えずに話を聞き流すだけだった・・ 「私の「家族」は「今」も「昔」も「あの時」から、瀬人兄サマとモクバだけだから・・・」 それでも、は「瀬人」に「兄」に、自分の気持ちを伝えたかった。 「もういい、!! オレは「あの頃」とは変わった!!」 瀬人は声を荒げ、の声を掻き消そうとした。 「例え、兄サマが変わってしまったとしても・・私は・・・」 ――私は・・私の『心』は変わる事なんて出来ないよ・・
――オレ自身・・もう、限界だった・・―― 「なら、!!「兄」が「妹」に対して「恋愛感情」を抱いていたら・・・ それこそ・・・オレは狂っているという事だろう!!」
「――・・に、兄・・サマ・・・?」 ――・・「レンアイ・カンジョウ」・・「クルッテイル」・・?
どういう「意味」か・・・よくわからないよ・・・ 只・・訳も分からず、呆然と立ち尽くすを前に・・
それでも、瀬人は自分の想いを止める事など出来なかった・・・ 「オレは一人の「男」として、お前の事を「女」として「愛している」!!」 オレは・・見っとも無く息を切らし、に対して叫んでいた・・ それは、まるで・・何も知らないを責めているかの様だった・・
窓から見える暗い闇の様な、重苦しい「沈黙」が二人の間を支配する。 瀬人は乱れている自分の呼吸を整え・・何時もの「冷静さ」を保とうとしていた。 「・・・それでは・・・それでは、駄目なのか?・・・。」 最後に残った一滴の「感情」が、それが瀬人のに対する純粋な想い。
――・・けれど、例え・・そうだとしても・・―― 「――・・い、嫌・・兄サマ・・・聞きたく・・ないよ・・・」 は・・目を閉じ・・耳を塞ぎ・・この「現実」を『拒絶』していた・・・ は逃げる様に部屋から飛び出すと、暗い廊下の向こうに消えていった・・・ 一人・・部屋に残された瀬人も苦しんでいた・・・
――「絆」―― 今の瀬人にとっては・・・只、全てが煩わしいかった・・・ 「・・・・」 ――結局・・オレは自分の事しか考えられないでいる。
――その「結果」が、これだ・・・―― いつからだっただろう・・・に対して、こんな感情を抱いたのは・・・ ――ククク・・「感情を抱いた」?・・・いや、それは違ったな・・・ ――この「気持ち」に気付いてしまったのは・・
――・・「あの時」だった・・・―― 養父である剛三郎とオレとの、あの「最後のゲーム」が始まってから。 そう・・あの頃から、には何件かの「婚約」の話が来ていた・・・ 海馬Coの利益の為に使う「婚約」という名の「取引」、俗に言う「政略結婚」という奴だ。 「これでもやっと海馬コーポレーションの利益に貢献でき、 「海馬家の娘」として、さぞ「誇り」に思っているだろう。」 オレの前で、奴は悠々とそんな下衆た事を自慢げに語っていた。 ――・・あの男の言葉を聞く度に・・・虫唾が走る・・ 「」があの男の「道具」として扱われるのが我慢できなかった・・・
――簡単な事だった・・オレがその「会社」を潰し乗っ取った・・・
――・・只、それだけの事・・・―― それから、に「縁談」の話がある度に・・オレはそんな事を何回か繰り返していた。 「「政略結婚」なんて物より・・こっちの方が早い・・・」 オレがこう言うと、あの男も「最もだな。」と馬鹿笑いをしていたが。 ――しかし、「あの男」は昔から人の「弱み」を見つけ出す事に長けていた。 ある日、あの男はオレにカマをかけてきた・・・ 「瀬人・・お前はの「婚約」について乗る気ではないようだが?」 いつもと同じ品良く繕った柔和な物腰だったが、 眼はまるで獲物を脅す毒蛇の様にオレを見据えていた。 「ボクは・・はまだ「子供」だと言いたいだけです。」 「子供」と言っても、は自分より一つ年下なだけである。 「ははは・・「子供」か、確かに『兄』から見ればそうかもしれんな。」 剛三郎は手紙の封を切りながら、可笑しそうに茶化していた。 ――あいつはわざと、オレに対して「兄」という「言葉」を強調しているかのようだった。 「我が子ながら・・良い「娘」だ、できれば私が「嫁」にしたい位だ。」 アイツはそんな、本心でも無い馬鹿げた惚気話を延々とオレにしていた。 「ご冗談を・・は貴方の「娘」ですよ。」 アイツの茶番に付き合うのも、うんざりだった・・・ 「だが・・・それはお前も「同じ」事じゃないのか? 瀬人。」 次の瞬間、奴の目の色が変わった、 そう獲物を捕らえた恍惚とした獣の瞳。 「――・・っ!?」 その瞳を見た時、オレは息を飲んだ・・・ 剛三郎は手にしていたペーパーナイフを瀬人の顎に当て・・ そして、ゆっくりと・・その銀の刃を喉に突きつけていた・・・ 「が欲しいか、瀬人?・・・止めておけ、アレは私の「駒」だ。」 ――こんな物では「人を殺す」事など出来ない・・ だが、どんなに鋭利な刃物よりも・・この「言葉」の方が、瀬人の「心」にえぐり込んだ・・・ 「そして・・瀬人、お前も私の盤の上に居る優秀な手駒に過ぎん・・・」 剛三郎はそう瀬人に言い聞かせると・・喉元から銀のペーパーナイフを下ろした。 ――ああ・・オレ自身ですら、奴の手の内で生かされているに過ぎない・・ 「――・・失礼します・・・」 オレは内に秘めた「焦り」と「苛立ち」を無理矢理、押さえつけ・・部屋を後にした。 「――クソッ!!」 無様にも、オレは拳を廊下に打ちつけていた。 「――・・瀬人兄サマ?」 「――っ!?・・・・か・・?」 声のした方へ振り返ると、妹のが居た。 「瀬人兄サマ・・また、お養父様が・・・?」 オレの様子を察してか、は直にオレに駆け寄ってきた。 「いや・・別に何処も怪我などしてない・・・」 怪我が無いかと手を取るに、オレは平静を装った・・ 「あっ・・兄サマ、喉元に血が滲んでる・・!?」 はそっと手を伸ばし、瀬人の傷口に触れていた。 心配そうにオレを見つめるの瞳が自分の直ぐ目の前にある・・ 気が付けばオレはを自分の胸の中に強く抱き締めていた。 オレは「兄」として「」を「守っている」つもりだった・・・ 「に、兄サマ?」 しかし、実際は今まで「オレのモノ」だと思っていた「」が・・・ 自分以外のモノになるのが、我慢できず許せなかっただけだった・・・ 「お前が・・が気に病む事は何も無い・・・」 他の誰の為でもなく・・「自分自身」の為だった・・・ ――あの時から「」は・・・オレの「妹」ではなくなった。
「・・・モクバか・・・」 部屋に入るなり、何が言いたげなモクバの姿があった。 「兄サマ、途中で姉サマに会った・・・姉サマ、泣いてたよ。」 モクバは非難する訳でもなく、ただ心配そうにオレを見つめていた。 ――あの時も、直ぐにモクバがオレの元に来た・・・ とオレ達を別々の「家族」にした、あの日・・ 「は・・姉サマはオレ達の「家族」じゃなかったの!?」 モクバも同様、いくら兄の決めた事とはいえ納得出来なかった。 「・・・・」 モクバの言葉に瀬人は何も答えなかった、いや答えられなかった・・ 「兄サマ・・・姉サマの事、「嫌い」になったの?」 モクバは只どうしてこうなってしまったか、それだけでも知りたかった・・ 「――・・・違う・・・」 ――誰が悪い訳でもない・・ 「じゃあ・・・今も姉サマの事、「好き」・・・?」 モクバも薄々は兄のに対する気持ちの違いに気付いていた・・・ 「――・・・あぁ・・・」 そして、こんな結末を兄が選ぶ日が来るかもしれない事を・・・ 「・・そっか・・・わかった、兄サマ。」 だから、オレは「兄サマの想い」も「姉サマの想い」もどちらも言えなかった。
「兄」は・・「家族」であった、「思い出」より、素直な「自分の気持ち」を選び・・ ――オレだって、あの二人が苦しむ姿を何も出来ずに見ているのは嫌だから・・・ 「兄サマ・・姉サマの所に居てあげなよ・・ きっと・・姉サマも兄サマが来てくれるの待ってるから。」 これがモクバに出来た、精一杯の兄への助言だった。 「――・・あぁ、わかった・・」 ―ーすまない、モクバ・・ 瀬人はモクバに礼を言うとの後を追っていった。 今はもう使われていない、真っ暗な部屋の中・・ はベッドの上で一人膝を抱えて小さく座っていた。 暗く静かな天蓋で区切られたベットの上だけが、 今のにとっては、唯一の安息の地だった・・ カーテンの隙間から微かに光が入り込み・・ベッドの上を薄暗く照らしている。 ――そして・・・ 「やはり・・・ここに居たのか、。」 見慣れた大きな人影は、そう優しく話しかけてくれた。 「・・・瀬人・・兄サマ・・・・?」 は涙を拭いながら、その大きな影を見上げてた。 「「あの時」も・・・はここに一人で居たな。」 瀬人は少し懐かしそうに昔の事を思い出した。 「兄サマ・・・まだ、覚えててくれたの・・・?」 瀬人も覚えていたからこそ、この場所に来れたのだろう・・ ――「あの時」も「瀬人」は私の傍に居てくれていたね・・
「あれが・・あの時の私の「全て」だったから・・・」 は懐かしそうに、そして、とても愛しそうにあの時の事を話していた・・ 「クク・・でも、まさか「あの時」のオレの言った「言葉」が・・・ こんなにも「重いモノ」になるとは思わなかったがな・・・」 瀬人も少し皮肉めいた口調だったが、だが彼にとっても大事な思い出である。 「ち、違う・・わ、私はあの「言葉」があったから・・・兄サマの事・・・」 オレの言葉を真に受けながら、は何か言いかけたまま、口つぐんでしまった。 「オレの事を・・・何だ?」 多分、もオレと同じ気持ちなのだろう・・ 「・・・・・・・」 がこういう顔をする時は、決まって「無理をしている」時が多い。 「・・「家族」としてだ・・・」 オレは見え透いた「言い訳」をして・・自分の胸元にを抱き込んでいた。 自分の事を優しく抱き締めてくれている・・・ 間近で見る瀬人は・・・「顔」も「声」も「体」も・・・ あの頃より・・ずっと「大人っぽく」なっていた・・・ 瀬人と出会ってから・・・それだけの年月がもう過ぎているという事だろう・・・ そう思うと・・もう、あの頃には戻れない気がして無性に悲しくなった・・ ――でも・・ 瀬人の蒼い瞳だけは変わってない様に思えて・・ ずっと・・・その目を見ていたかった・・・ 瀬人はの瞳を見つめながら、本当に伝えたかった想い告げた。 「・・オレがあの時に言った「言葉」は覚えているし・・守りたいと思う。」 あの時、を大切だと・・「家族」だと言ったオレの言葉に偽りは無い。 「だが・・オレはを「妹」としてでなく、オレの本当の「家族」にしたい。」 そして、今オレがを大切だと・・「好き」だと言った言葉にも偽りは無い。 「オレの気持ちに応えられないのなら、それでもいい・・・ だが、「兄妹」だから「家族」だからという、「理由」でオレから逃げる事は許さん・・・」 オレは、もうをあの日の様に二度と一人にはしたくない・・・ 「・・怖かった・・・」 真っ直ぐな瀬人の瞳と温かな気持ち・・嘘じゃないって知ってた・・ 「・・何がだ?」 兄サマの本当の気持ちだったから、だからどう応えて良いか解らなかった・・・ 「・・・今までの「絆」とか「思い出」とか・・バラバラになりそうで怖かったから・・・」 今までの大好きな兄サマとモクバとの大切な日々が、変わっちゃうって思ったから・・ 「もう・・「大切なモノ」はなくしたくなかったから・・・」 もう、私は一人ぼっちにはなれないよ・・・ 「・・・・・オレが傍に居れば、は「大切なモノ」を失うのか?」 の不安はもっともだった、そしてオレも今までの気持ちを判っていながら無視していた・・ 「ううん・・・「大切なモノ」はきっと「形」は変わってしまうけど・・・ 「想い」までは変わらないから・・それでも・・・・・」 も瀬人と言葉を交わす度に、今までの不安よりも・・ 「・・・それでも、構わないよ・・・瀬人・・・」 朧げながらも自分の気持ちが形に成り、言葉に成っていた。 「「兄妹」とも、今まで通りの「家族」とも違うが・・本当に良いのか?」 そんなにオレは少々無粋な事を聞いたかもしれない・・ 「兄サマの・・瀬人の傍に居られるなら、大丈夫だから・・・」 だが、もうオレだけの一方的な想いでもモクバも、誰を傷つける事をしたくは無かった。 「・・・・」 この「名前」を呼ぶ度に・・自分の「心」が揺れ動く・・・ 今はこの「名前」を「妹」としてではなく、「」として呼ぶ事が出来る・・ 「・・瀬人・・」 自分の「名前」が呼ばれる度に「心」が揺らぐ所ではなかった・・・ 「・・瀬人・・・・兄サマ・・・・」 抱きしめる腕の中で、甘く囁くの声・・ 「――・・オレは・・・」 の瞳に今は只一人、オレだけが映っている。 「――・・に、兄サマ・・・ううん、瀬人・・・」 そして、今オレの瞳にはしか映っていない。
「おーい!! 姉サマ、ここに居るーー!!」 どうやら、タイミングの悪い事に心配したモクバが探しに来たらしい。 達は天蓋のカーテンで囲まれたベッドの上だったので 丁度、モクバからは死角に成って見えないらしい。 はいうと、瀬人の腕の中ですっかり動揺して固まってしまっている。 「に、兄サマ・・えっと・・どうしよ――」 慌てて声を出そうとした時、そっと瀬人に言葉を止められた・・ 「今は・・誰にも邪魔をさせる気は無い・・・」 そのまま、瀬人はをベッドの上に押し倒すと優しく口付けをした・・ 「あれ?・・・居ないのかな、姉サマ?」 部屋の入り口の方で、私を探してるモクバの声がする。 はまだ瀬人の腕の中だった・・ 体が震えて・・すごくドキドキする・・・ 兄サマにキスされてて・・モクバが部屋に来ていて・・・ 見付かるかもしれなくて・・気まずくて困る筈なのに・・・ ――なのに・・・このまま・・兄サマに止めて欲しくない・・・・ そっと・・自分に掛かっていた、温かな瀬人の重みが無くなった・・ 「――・・あっ・・・・・瀬人兄サマ・・・?」 はどうしていいか判らずに、少し不安そうに瀬人を見つめていた。 「・・・今日はここまでだ・・・・」 そういうと、瀬人はの頭を優しく撫でながら「おあずけ」をした。 「はぁ・・・に、兄サマ――」 もなんだかこういう時だけ「妹」扱いされたと思い少しだけ悔しかった。 「この先は・・・そうだな、お前がオレを「兄サマ」と呼ばなくなってからだ・・・」 瀬人もまたに我が侭を言ってしまいそうだった、自分にブレーキをかけていた。 「・・・う、うん・・・わかった・・・」 も少し頬を染めながら、ただ今は瀬人の言葉を素直に頷いていた。 ――オレとしても・・・「妹」を抱く訳にはいかないからな・・・ ただ、愛らしいそのの仕草を見ていると、その気持ちも何処かに失せてしまいそうだった。 「オレも今回はここまでで・・我慢しておく・・・」 瀬人も少し苦笑しながら、もう一度を抱きしめキスをした。 ――二度目に触れた唇も温かくて・・・ただ、凄く嬉しかった・・・
>FIN
100HIT 速水様捧ぐ >BY・こはくもなか >あとがき 今回は書き手の趣味全開の「義兄妹」ドリームです。(苦笑) 辛かった・・二人+モクバ君達の事を思うと書いていて かなり辛い心苦しい所が一杯だった分、ラストが幸せそうで楽しかったですw これを書くに当たって「シスタープリンセス」(PSゲーム)がとても参考になりましたw 「恋」は性別も年齢も立場も、何より「違う心」を持った他者同士が その「違い」という垣根を越えて、より良い人間関係を作る事だと私は思っています。 この小説で書いた「恋の話」をもし様が楽しんで頂けたら幸いです。 2005.11.4 こはくもなか拝 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ |