「虹」
















――止む事無く鳴り響く・・耳障りな虫の声・・――


――うだるように暑い・・――


――けだるい夏の午後の休日・・――







海馬は午前中に自室で仕事を片付けていた・・・

これが終われば、今日は丸一日「OFF」である。


――久しぶりの「休日」・・・


そんな事から瀬人は昨日からを屋敷に泊まらしている。

朝のうちはゆっくり、と過ごせなかったが・・・
確か、モクバと共にゲームをすると言っていたな・・

そんな事を考えながら・・・
瀬人は、なんとか「仕事」を早めに終わらせ、一段落を着けた・・・
そして、机の上の書類をケースにしまい自室を出る事にした。

瀬人はすぐにやモクバの元に向かおうとしたが・・・


――だが、ふと気が付けば・・もモクバの姿も何処にも無い・・


屋敷の中を一通り探して見たが・・・影すら見当たらなかった・・・

「まったく・・二人共、何処にいるんだ。」
そう、溜息混じりの「言葉」を一言、吐き出すと・・


――不意に瀬人は庭先に目をやった・・


一瞬、の姿が目に入った・・モクバも一緒である。

どうやら、とモクバは庭に水を撒いていたらしい・・・

とモクバは、実に楽しそうに・・



手に持った、ホースの口を狭め・・・勢いよく出る「水」を高く掲げ・・・


蒼く・・遠い筈の「空」に向かって・・「雨」の様に水を降らしていた。


日の光に当たって・・きらきらと光る無数の水滴・・・



――・・・素直に「綺麗」だと思える光景だった・・・



しばらく・・そんな「光景」を瀬人は何も言わず見守っていると・・

「あっ! 兄サマー!!」
自分の姿に気がついたのか、モクバが元気良く手を振って自分の事を呼んでいた。

瀬人はその声に応えるように、外に足を進めて行った・・・


夏の強い日の光に当たる・・陽炎の立つ・・・暑い庭先に出た。

太陽の光が白く・・目の前が少し暗くなる・・・

日差しを手で遮り、視界を確保すると・・・


目の前には、ずぶ濡れのとモクバが笑顔で自分の方へ寄って来ていた。

「瀬人!! もう、「お仕事」終わったの?」
ニッコリとが自分の方に嬉しそうに話し掛けてきた。
「あぁ・・少し待たせたな、。」
そう、一言だけ言うと・・の頭を撫でた・・
手に触れるの髪は・・まだ、少し濡れているが・・温かかった・・・


――やっと・・なんの気兼ねなく・・に触れる事が出来る・・・


瀬人がそんな、一時の「喜び」を噛み締めていると・・・

勢い良くモクバが瀬人の開いた方の手にぶら下がって来た。
「じゃあ、今日はもう、兄サマは「休み」なんだね!!」
「待ってました!!」と言わんばかりに、
モクバが期待に満ちた瞳を自分の方に向けていた。
「あぁ・・そういう事になるな・・・」
こうやって・・モクバの目を見て話すのも久しぶりな気がする・・・

残りの休みをこの二人と過ごす・・瀬人にとってはむしろ望むべき事である。

だが、急にモクバは考え込んだ様に・・
「あっ!でも、兄サマも折角の休みだし、姉サマと二人きりの方がいいかな?」
などと、実の「兄」に余計な気を回していた・・
「――モ、モクバ・・別にそんな事に気を回す必要は無い!!」
瀬人も赤くなりながら・・・むきになって誤魔化していた・・・

そして・・そんな弟の他愛もない「言葉」を間に受けてしまう・・
自分がなんだか、少し情けなかった・・・

「そ、そうだよ!!モクバ君も折角の家族水入らずなんだから、気にする事無いよ。」
も最初は紅くなっていたが、少し落ち着いてからモクバに優しくそう言っていた。



が海馬邸に来るようになってから、
何かと用事など出来てしまう瀬人の代わりに、モクバと一緒に過ごす事が多かった・・


そして、モクバが本当は寂しい想いをしていた事もは分かっていた・・・


モクバにとっても、「瀬人」は大切な「兄」であり・・たった一人の「家族」である。


いつも忙しく、家にいる事もままならない「兄」。


だが、モクバはそんな中でも、無責任な「我が侭」をいう事も無く・・・
むしろ「副社長」として瀬人の「力」になろうとしている・・・


そうやって、この「兄弟」は常にお互いを支え合っている・・



はモクバが「兄」を慕う気持ちも、瀬人が「弟」を大切にしている気持ちも、

その両方の「想い」を知っていた・・・


――なんだか、羨ましいな・・私も・・早く、そうなれるといいのに・・・


そんな、聞き分けが良すぎる「モクバ」だからこそ・・・
もう少し我が侭を言っても良い様には感じてしまう・・・

しかし、それは瀬人から見れば、「」にも言える事だと言うだろうが・・・


――だからこそ、瀬人はこの「休日」を二人と共に過ごしたいと考えていた。


モクバもそんな瀬人との気持ちを察してか・・少し照れくさそうにしていたが・・・

その後すぐに、何か思いついたように「ある事」を元気良く切り出してきた。
「うーん・・そっか! 姉サマと兄サマが「結婚」すれば・・・・
本当にオレの姉サマで「家族」だもな・・うん、これなら全然、問題ないか!!」
とあっけらかんと、ニコニコと笑顔で瀬人とに言い切っていた。


「「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 」」


――流石に・・もう、瀬人ももこんな無邪気なモクバに勝てる気がしなかった。


「だが・・モクバ、も何をしている?」
わざわざ、この暑い中を外に出で「何」をやっているんだ・・・

だが・・の「答え」は、実に「単純明快」な物だった・・・・・
「暑いからモクバ君と二人で、庭の「水撒き」してるんだよ!!」
楽しそうに、この事を自分に話すを前に・・・何とも、もう言えなかった・・

瀬人から言わせてみれば・・屋敷の中は冷房も効いているし・・
なにより・・わざわざ、外に出る方が暑いと思うのだが・・・

それに・・・
「フン・・そんなもの「庭師」にでもやらしておけ、。」
に「使用人」紛いの事をさせたくもなかった・・
「そうかなー・・? 冷たくて気持ちいいのに・・・」
はひどく残念そうに呟いていた。


だが・・楽しそうな とモクバの姿を見ていると・・・

確かに・・「水撒き」というよりは「水遊び」といった感じである・・



瀬人はが持っているホースから、流れ出る「水」を手の平にすくってみた・・

肌に触れる水の冷たさは、不思議と心地よい物だった・・・

――確かに、の言う通り・・屋敷の中の冷房などの涼しさとは違うな・・

その「水」の心地よい感触を・・手の平の上で楽しんでいると・・




また、冷たい水の「雫」が頬に掛かった・・


上から多く水の粒が落ちてくる・・


ふと・・見上げた青い空・・・


その「青」が・・・


地上に向かって降りてくる・・


透明な「雫」の中に閉じ込められていた・・




――その「雫」の向こう側に・・空の「青」以外の・・・


――・・鮮やかな「色」を見た気がした・・・



次の瞬間・・の明るい声が聞こえてきた。
「ねえ、モクバ君!!「虹」が見えるよ!!」
も見つけたらしく・・どうやら、自分の見間違えでは無さそうだ・・・
「あっ本当だ!! ほらほら、兄サマもこっちの方だぜ!!」
そう・・モクバに促された方に目をやると・・・


――確かにそこには、小さな「虹」が出来ていた・・


自分の隣でもモクバも、そんな小さな「虹」を楽しそうに眺めていた・・







――「虹」――






――細かい水滴が日光を受け、太陽と反対の空に現れる・・


――・・七色の弓状の帯・・――


――実際に・・そこに「在り」などしない・・


――・・只の「幻」・・――


――所詮、人の目に映る「光」の屈折に過ぎない・・


――・・その筈である・・――なのに・・・――






自分はやモクバの見ているのと「同じ」虹を見ていた・・・






昔、「虹」の「終わり」には「宝物」が埋まっていると・・・
聞いた事があるのを・・思い出した・・・

なら・・このとモクバが「虹」を作っている・・・
この場所は・・「虹」の「始まり」の場所なのかもしれない・・・


――オレにとって、「虹」がどこに行き着くかなど・・興味は無い・・・


けれど・・この今、とモクバと見ている・・・

この「虹」が始まる場所は・・・とても、大事な場所に思えた・・・



只・・降り注ぐ「水」の事も・・忘れ・・

瀬人は蒼く・・遠い「空」を・・見上げていた・・・


「瀬人? どうしたの?」
気がつけばが不思議そうに声を掛けていた。


――オレの意識は・・その「声」で「空」から「地上」に戻って来られた。


「いや・・何でもない。」
随分とそんな事に気を取られていた所為か・・少し反応が遅れた・・
そんなオレに、が申し訳なさそうに聞いていた。
「もしかして、服濡れちゃった事、怒ってる?」
確かによく見れば、自分もやモクバの同様、びしょ濡れである・・・
「それなら・・乾くまで、ここに居ればいいだけの事だ。」
本当に・・只、それだけの事だ・・・


――結局、そんな簡単な「結論」に収まっていた・・・


「・・うん、そうだよね。」
安堵の「声」と共に自分に向けられる・・眩しいの「笑顔」・・・
その傍に在るのならば、この暑さも苦にはならない・・

そのまま、木陰に座り込み・・服が乾くまで、少し「待つ」事にした・・

自分の髪に滴る水も・・もう、随分と温かくなっていた・・・

不意にの手が瀬人の髪に伸び、指先で乱れた髪を整えていた。


――少し触れるだけのの「温度」が・・無性にじれったく感じでしまう・・


きっと、今・・モクバが横に居なければ・・自分はすぐにでも・・
全身でその「温度」を感じる為に・・の事を抱き締めていた事だろう・・

そんな「想い」に自分が支配されそうになりながらいると・・・

――しばらくして・・
「兄サマ、オレもう家の中に入っていいかな?」
急に一緒に居たモクバがそんな事を言い出した。
「モクバ・・どこか、具合でも悪くなったか?」
さっきまで、水を浴びていたといってもこの暑さである・・
熱中症などの恐れもある・・だが、その割には元気そうであるが・・?

モクバは少し口篭りながら・・照れた風に・・
「だって・・兄サマも姉サマも「お熱くて」オレには敵わないぜ!!」
そう、悪戯っぽく・・少し茶化した風に「笑顔」で兄に向かって言っていた。






瀬人は苦笑しながら・・そんなモクバの頭をくしゃっと少し乱暴に撫でていた。

もそんな仲の良い二人の兄弟の姿に、クスクスと笑っていた。















――結局、その日の午後は三人で、ゆっくりと庭先で「休む」事になった。



















――こうやって・・「無駄」に時間を過ごすのも・・・――



――「無意味」だと思える事をする事も・・――



――何時もなら・・なんとも、思わない「些細」な事も・・――



















――・・・だが・・・――





















「たまには・・こういうのも・・悪くは無い・・」



















>FIN


>BY・こはくもなか


>あとがき
「ほのぼの「夏」短編」+「社長視点」・・・珍しく大人しい社長さんですね。(苦笑)
たまには、こんな社長さんもありかな?っと、思ったんですが・・
いえ・・「休日」ですし・・のんびりと過ごすのも「大切」ですよ!!(笑)
なんだか、社長メチャ「インドア派」っぽく、書いてますね・・(苦笑)
実際の社長さんファンの皆様はどちらが「イメージ」に合うんしょうか?(苦笑)
まあ・・社長さんを外に出すと回りが大変そうなんで、こういうのもOKでは?(爆)

それでは、短い話でしたが読んで頂いた、様には心より感謝しております!!

2002・8・23 こはくもなか拝

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雪花先生のサイト「Me with faithful you」様へ
この「ドリーム」を「一万HIT記念」に贈呈させて頂きました!!(苦笑)

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