『降り積る出来事』

この家の主に気付かれぬ様、 注意を払い人気の無い台所へと忍び込む……
「よし!」
まだお日様も目が覚めたばかりの明け方。
「や、やるぞ!!」
ボクは鈍く光る包丁を勢いよく獲物へと振り下げた。
「…ちゃんと、美味しくするから……」
まな板の上に散らばる食材達に チクリと罪悪感が過ぎる……

――でも、ここで止めちゃダメだ!

ボクは気合を入れ直すと、 生まれて初めての『料理』を続けた。

★ ★ ★

目覚まし時計より少し早い、いつもの起床時間。
「おはよう、もう一人のボク」
「…おはよう」
朝方眠りに着く『同居人』と顔を合わせると オレの一日が始まる。

「もう一人のボク、これ!!」
「ん?」
勢いよく手渡されたのは『弁当箱』だった。
「弁当?」
「そう、キミのお弁当」
確かに見慣れた自分のモノだが、特に頼んだ覚えは無い。
「作ったのか?」
重さから察するに既に中身は入っているらしい。
「うん!」
満面の笑みで応える遊戯、どうやら納得のいく出来栄えなのだろう。
「ボクもちゃんと食べるから、キミも残さず食べてよね!」
オレが『アイツの食事』にうるさい様に、 最近はアイツが『オレの食事』を注意するほどだ。
「…ああ…」
『同意』を込めて、オレは大人しく弁当を鞄へとしまった。

――食べる事に否定的だったコイツが人の弁当を作るなんてな……

『人』は、いや『吸血鬼』も変われば変わるものだ。

「行ってくる、お前ももう寝ろよ」
慣れない事で疲れたのだろう、 遊戯は既にうつらうつらといった様子だ。
「うん…そう、するよぉ……」
オレは起こさぬ様にそっと扉を閉め、家を出た。

――お休み、もう一人のオレ

日の差し込まぬ暗闇で お前はきっと日向の夢を見るのだろうな。

★ ★ ★

昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。
昼食を取るにしても、 騒がしい教室ではなにかと落ち着かない。
オレはまだ人のまばらな中庭のベンチに腰を掛けた。

改めて遊戯から受け取った弁当を取り出して見たが……
「へぇ…」
それはシンプルなサンドイッチだった。
「思ったより、まともだな」
材料も見覚えがある、これなら安心して食べられそうだ。
「いただきます」
問題の味は……素材の味のみ。
おおよそ『味付け』というモノがなされていなかった。

――アイツらしいな……

この簡素を通り越し、なんとも 気が利かない弁当をオレは残さず平らげた。
帰ったら「ごちそうさま」を言わないとな……

★ ★ ★

帰りがけの買出しに、いつもより家に着くのが遅くなった。
「あ、お帰りー!もう一人のボク!」
すっかり待ちかねたのか遊戯はオレへと駆け寄ってきた。
「ああ、ただいま」
まずは弁当の感想をゆっくり話そうかと思ったが……―
「よー!武藤、遅かったな!」
聞き覚えのある声に見知った 『クラスメイト』の姿があった。
「今日は城之内くんが遊びに来てくれたんだ」
我が家では数少ない『来客』に、 アイツはニコニコと上機嫌だ。
「……城之内くん」
数少ない共通の『友人』を無下にはしたくない。
「ここは『オレの家』だぜ」
オレは少々慌てん坊な彼に 『カン違い』を指摘してみたが……
「はっ?なに当たり前の事言ってんだよ」
どうやら『確信犯』らしい。
「キミを家に呼んだ覚えは無いぜ」
「いちいち、うっせーな…」
あの一件以来、城之内くんは 何かと家へとやって来るようになった。
だが以前の様に『人の領域を荒らしに来た』というには、少々『たわいないモノ』に変わっていた。
「じゃお前じゃなくて『遊戯に会い来た』って事で!」
快活な彼のペースに巻き込まれる訳では無いが、 実に『イイ性格』をしている。
「城之内くん、お土産持ってきてくれたんだよ」
「みやげ?」
テーブルの上にあったのはもう冷え切った 『たい焼き』だった。
「………」
『残してある』という事は、随分待たせたのだろう……
「茶入れてくる」
温め直すついでに、三人分の緑茶でも入れてくるか。

庭では降り積もった落ち葉を掃いているのか、巻き上げているわからない二人の無邪気な応酬が続いていた。

★ ★ ★

見上げる空が高い、気付けばもう秋だ。

――随分、経つんだな……

「そこ、座らない方がいいぜ」
オレは何の気なしに庭石に腰掛ける 城之内くんをたしなめた。
「なんでだよ?」
彼がした事を無作法とは言わないが、 そこは『特別』なんだ。
「『先約』が居る」
「はっ?」
久しぶりに初対面の頃、 おかしな者を見る様な彼の眼を思い出した。
「オレには見えるんだ…」
自分でもイカレていると思う。
「今も……」
それでも亡くせない、消せないモノがある。
「…ゆ、幽霊…」
当の城之内くんはというと……
「ん?」
秋冷えというには極端に蒼ざめていた。
「ああ、そうかもしれないな……」
オレは幽霊でも見えるなら会いたいと思う。
「うぇっ!!マジかよ!!」
彼は途端に気味悪がって、慌てて庭石から飛び退いた。
怖いもの無しの印象の彼だが思いの外、信心深い方らしい。
「なら呪われないうちに、こっちでお茶にしようぜ」
『当初の目的』の為にも、少々脅しておくとしよう。
「の、呪っ――!!??」
折角のお茶が冷めてしまったら遊戯が残念がる。

――ああ、庭が色付き変わっていく……

些細な出来事が幾重にも降り積り
いつしか『全て』を変えてゆく
オレの事など、お構いなしに……

それでも『願い』は変わらない。

★ ★ ★

城之内くんはというと 『気が向いたから』という理由で勝手にやって来て。
『腹減った』とこれまた どうという事の無い理由で帰っていった。
「城之内くんって、元気だよね」
確かに有り余る力を発散しに、 ここにやって来ているのは明らかだ。
「…そうだな…」
この家がまたこんなに賑やかに なるなんて思わなかった……
「もう一人のボク?」
いや、気付けない程に静か過ぎたんだ。
「夕飯、ここで食べるか?」
オレ達はけして同じ物を食べる訳では無い。
「うん、いいね」
ただ互いの存在を『彩り』とする食卓は得難いモノだ。

「弁当、ありがとな」
気付けば大分遅くなってしまった。
「お、美味しかった?」
渡した時の自信とは反対に 遊戯はおずおずと感想を聞いてきた。
「ああ、刺激的だった」
久しぶりに自分の弁当を開けるのが楽しみだった。
「『味』以外な」
「…『味』以外かぁ…」
まあ初めての見様見真似にしては上出来だと思う。
「美味く出来たと思ったのになぁ〜」
小さく溜息を吐くと心底残念がっていた。
「今度は材料から買いに行こうぜ、一緒に……」
「うん、絶対だよ!」
先ほどまでの落胆をアイツは 一瞬で明るく塗り替えてしまった。

――コイツのこういう所、ちょっと羨ましいぜ。

「「いただきます」」
もう大分慣れてきた二人での食事。

紅葉に色付く木々が月明かりに冴える、 乾いた木の葉のざわめきも耳に心地いい。
「…綺麗だね…」
「…ああ…」
ただ穏やかな時間を与えてくれる。

――ずっと、ここに居たい……

今も昔もオレは『この庭を守りたい』それだけだった。



>FIN



>BY・こはくもなか


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同人誌「降り積る出来事」のWEB版になります。

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