【蛇の道は蛇】

第一話 『ある晴れた日に』

――それは良く晴れた日の出来事だった。

開けた草原を通る一本道をボクはのんびりとしたペースで歩いていた。
まだ日は高くぽかぽかとした陽気が早朝から出発したボクらを程よい眠りへと誘っていた。
「なんか気持ちよくて眠くなるね〜」
「クリクリィ〜…」
ボクの周りをフワフワと漂っていた【クリボー】も大きなあくびで同意してくれている様だった。

【クリボー】闇属性・悪魔族の低レベルモンスター。
毛むくじゃらの大きな茶色い毛玉の様な姿に小さな緑色の手足がちょこんと生えた、
何処か愛嬌すら感じる大きな瞳が可愛らしい印象だが、これで立派な【魔物】の成獣だ。
【魔物】は陸に、海に、空に、この世界の在りあらゆる所で生きる魔力や力を秘めた生物達。
【クリボー】はそんな中でもごく身近に遭遇する機会が最も多い魔物の一種だ。
人々が暮らす町や森・草原等の小さな影の中を住処に暮らす、比較的気性の大人しい子である。

そよそよと気持ち良さそうに風に流されるクリボーを見ていると、
ボクまで風に任せて歩いてしまいそうになる。
そんな二人して気が抜けていたからか、ボクは何かに足を取られ勢い良くその場に転んでしまった。
「――い、いったぁ〜」
どうせ道に食い込んだ木の根にでも躓いたのだろうと足元を見ると…
それは節くれた木の根ではなく草むらから一筋に伸びた大きな尻尾の様だった。
一見すると毒々しい程に鮮やかな美しい山吹色と相反する黒の斑模様。
ツルツルと細かな鱗の表皮はそっと手の平で触れてみると思ったよりも冷たくは無くほんのりと温かかった。
「もしかして、コレって…」
多分、サイズは一般的なモノよりも遥かに大きいが、それは蛇の尻尾の先に違いなかった。
クリボーもこの草むらから生えた大きな尻尾の先を物珍しそうに見つめているが…
「よしっ!!」
ボクはグッと拳を握り締め、さっきまで緩みきっていた己の気合を入れ直した。
師匠に教わった唯一にして最大の『旅の基本』は……
魔物を見つけたら先ずは【テイミング】!
祖父にして師でもある、じーちゃんの元を旅立ってからまだ一ヶ月も経ってはないが、
ボクだって駆け出しの【モンスターテイマー】なんだ。

――だったら……

きっと、これは只の『偶然』で終わらせちゃいけない気がする。

――うん、これがボクの『初陣』だ!

ボクはだらりと地面に落ちていた蛇の尻尾をシッカリと握りしめると…
「いっせーの!せっ!!」
渾身の力を込めてボクとクリボーは草むらから出ていた長い尻尾を引っ張り上げた。

★ ★

雲一つ無いうららかな陽気に誘われ外へ出ると、
オレは草原の中に鎮座する大きく平らな岩の上で寝転がっていた。
ジリジリと照り付ける太陽の熱で温まった少し熱い岩の上でじっとしていると
全身を流れる血液が徐々に温まるのを感じる。
じんわりとした、まどろむ様な心地良さにオレは普段よりもだらしなく岩の上から手足を伸ばしていた。

幸い、この辺り一帯はオレにとって外敵となる者も無く。
ただ日がな一日、その日生きる為の糧さえあれば事足りる自給自足の生活。
この地上に住む生物に置いて、一つの【理想】とする『平穏な日常』

――…けど、ヒマだな…

それはオレの力量からではなく、生まれ持った種族特有の『天敵の少なさ』故の恩恵。
だが、この安定した今の生活を得るまでにそれなりの苦労や努力をした日々があったのだ。
今はその慌しくも充実していた過去が少し懐かしく思えているだけなのだろう。

『暇』という『余剰な時間』は失ってみて、初めてその価値が分かるものだ。

――だから……

「うわぁっ―!?」
少なくともオレはこの安穏とした岩の上から引きずり下ろされる瞬間まで、
その『平穏』の希少さを軽んじていたのだろう。

★ ★ ★

確かな手応えでボクらが草むらから引っ張り上げたのは、人語を話す『巨大な蛇』だった。
「―いつっ!!クリボーと……子供?」
だけど、ちょっと手荒な歓迎をしたボクらを苦々しく一瞥するその顔は……
「えっ?あれ??『蛇』だけ……じゃない!?」
ボクと同じ様に目鼻立ちがハッキリとした人型の……
いや、まだ年若い『少年』の姿だった。
「悪いな、オレはそこらの『蛇』とはちょっと違うぜ」
確かに上半身こそボクと余り変わりない人型であったが、
あの鮮やかな山吹色に黒の斑模様の表皮と
白く滑らかな蛇腹な下半身は彼が【蛇】である事を物語っていた。
「半身半蛇って事は…キミ『ナーガ』なの?」
前にじーちゃんから聞いた事があった『半身半蛇』の高レベルモンスター、それが【ナーガ】だった。
オスは【ナーガ】メスは【ナーギィ】と性別によって呼び名は変わるが蛇の姿をした【竜】の眷属。
「わかったら、ガキは家に帰るんだな」
彼はボクらを少しきつく睨み付け嗜めると何事も無かった様に背を向け、この場を穏便に去ろうとするが……
「あっ!待って!!」
ボクは咄嗟にまだ手に持っていた尻尾を引っ張り、強引に彼をひき止めてしまっていた。
「オイ……いい加減、尻尾離してくれないか?」
これには流石に彼も耐え兼ねてか、少々不機嫌そうに尻尾からボクの手を振り払った。
「あ、ゴメン」
確かに急に尻尾を引っ張られたら、誰だって気分が悪いよね……
初めてのテイミングに、目の前に居る彼の姿に、ボクの方がすっかり浮き足立ってしまっていた。
「え、えっと…ボクは【モンスターテイマー】のユーギ!」
だから、場を仕切り直す為にも改めてボクは『自己紹介』をする事にした。

こんな所でオレの数少ない『外敵』に出会う事になるとは。
「……【モンスターテイマー】か」
しかし、どうやら目の前の子供は【モンスターテイマー】で、
傍に居る【クリボー】はその『しもべ』と言った所か…
「ボクっ!旅に出たばかりで仲間を探してて……だから…そのっ!」
いかにも『新米』といった落ち着きの無さだったが、
そいつはオレに対して言葉での『交渉』を持ちかけていた。

――『仲間』か……

まったく、物は言い様だな。

【テイミング】
それはオレ達、魔物を飼い慣らす事。

「フッ……いいぜ、オレを『しもべ』にしたいんだろ」
どんなに聞こえの良い言葉を並べても『他種族を従属させ支配する』行為を受け入れられる訳が無い。
「えっ…―」
目の前の子供は『しもべ』というオレからの露骨な表現に動揺はしているが……
「なら、かかって来な!」
所詮『言葉』は違っても『意味』はさほど変わらない。
「だが、オレはかなり『レア』だぜ」
これから始まる、互いの『命』と『尊厳』を賭けた【決闘】を前に『言葉』は意味を無くすのだから。

向こうもオレの挑発に覚悟を決めたのか、神妙な面持ちで巨大な白い手袋状の物体を召喚した。

――なるほど、コレがあんたの『切り札』って訳か……

非力な種族が身体能力で勝る魔物を圧倒するには、何かしらの『技』を使うものだ。
少し尖った耳の特徴からいかにもひ弱そうなこの少年が【エルフ】の眷属である事は予想が付いていた。
なら勝負は一瞬、この相手の『切り札』を凌ぎきれば、
後は無防備な術者とクリボー程度なら容易に仕留める事が出来る。
そうなれば、この勝負……オレの勝ちだ。

オレの胴体程度なら包み込めそうな程に巨大な白手袋は、
標的を定める様にジリジリと間合いを詰め寄って来る。
だがオレも己の領域の限界まであえて『敵』を誘い込み引きつける。
攻撃をしてきた、その一瞬にこそオレにとってむしろ勝機があるのだ。
見た目の奇抜さより少々芸の無い動きで真っ直ぐオレへと飛び掛ってくる巨大手袋。
それをすり抜ける様にかわしきり、後は眼前に映る『哀れな獲物達』へと手を伸ばすだけ……

――その筈だった……

すんでのところで獲物に飛び掛ろうとするオレの跳躍を遮る力が尻尾の端の方から加わったのだ。
それは先ほどかわした筈の巨大手袋の片割れが渾身の力でオレの尻尾を引っ張っていたからだ。
「クッ――」
だが加速が付いたオレが尻尾を取られたとはいえ、この程度の力に競り負ける筈は無い。

――むしろ、これは……

巨大手袋に触れられた所から徐々に力が抜け落ち、身動きが取り辛くなる……
「なっ!?腹を触るなっ!」
遅れて合流してきたもう片方の手が今度は無防備となったオレの腹回りを指先でこね回す様に弄っていく。
闘いで強張っていた体に襲い掛かる予想外の感触、
オレは身を捩り暴れるが堪えきれない『こそばゆさ』に息も出来ない程だった。
「クッ……ハハハハッ!」
オレは気付けば笑いたくも無いのに笑っていた、そうでもしなければ息が出来なかったからだ。

――なんだ、この技は……?

「きさ、まっ!――んっ!真面目に……はぁ…闘う気が…―」
それはとてもオレが知っている【攻撃】と言える『まともなモノ』では無かった。
こんなガキにオレが手玉に取られるなんて『屈辱』以外のなにものでも無い。
だが、こんな『イカレタ手』にオレは完全に身動きを封じられたのだ。

――ったく、甘く見過ぎたぜ……

拘束され苦々しく舌打ちするオレに捕らえた方はひょこひょことあろう事か無防備に近付いて来ると、
さっきまでオレを取り押さえていた巨大手袋の力を緩め『捕らえた獲物』である筈のオレを解放したのだ。
オレはこの『不可解な勝者』を訝しげに一瞥すると、
そいつは躊躇いながらも敗者であるオレに話し掛けて来た。
「ぼ、ボクと――」
それは勝者が敗者に宣告する姿とは思えない、なんとも頼りない話の切り出しだったが…
「『友達』になって下さい!!」
突如、突きつけられた申し出は『言葉』の『意味』として十分に理解は出来る。
「――……はっ?」
だが、この状況でオレがその『真意』を理解するまでに、
多少の時間が掛かったとしても致し方ない事だろう。

――ああ、なるほどな……

「――フフッ……」
ボクが使った【手玉ハンド】の効果は、もうそんなに強くは無いハズなのに。
「ハハハハツ!!」
彼は先ほどよりも一層可笑しそうに声を上げて笑い出していた。
「え、えっ?ボク、変な事言ったかな?」
やっと腰を据えて話し合える状況が作れたのに、
ここにきてボクは何か可笑しな事をしてしまったのだろうか?

――コレがこいつにとっての『普通』なんだな。

「――ああ、かなり……な」
だからこそ、余計に可笑しくてたまらない。

――オレに『友達になってくれ』か……

この言葉を交わす為だけに、こいつはオレと命懸けの【決闘】をしたのだ。
ただ、相手を『知る』為に闘った、その『勇気』がオレには何故だか逞しくさえ思えた。
己に牙を剥く敵と『分かり合おう』とするなんて、オレは考えた事も無かったからだ。
「うっ……やっぱり、ボクとじゃ嫌かな?」
多分、渾身の『口説き文句』だったのだろう、
オレの返答の無さに次第に気落ちしていくそいつの姿がどうにも可笑しくて、
まだ真面目に応えてやれそうになかった。

――あれだけ大胆な行動をした割には気の小さい奴だな。

「いいぜ……」
いちいち落ち着き無いこいつを焦らすのも、それはそれで面白そうだが……
今はそれよりもオレが『承諾』した時のあいつの反応の方が見てみたかった。
「今日からオレは、お前の『トモダチ』だ」
だから、オレは珍しくこんな『言葉』を使う気になったのだろう。

それはボクが幼い頃からずっと願っていた『夢』が叶った瞬間だった。
「――〜〜〜っ!!や、やったぁー!!」
張り詰めていた緊張の糸が切れると同時に、ボクはこみ上げてくる想いを声に出してしまっていた。
「クリボー!ボクの初めての友達が【ナーガ】なんて凄いよね!」
ボクは傍で見守ってくれていたクリボーの小さな手を取ると、この溢れる喜びを分かち合った。
「ん、そのクリボーは『トモダチ』じゃないのか?」
彼はボクのこの些細な『言葉の違い』を少し不思議そうにしていたが…
「あ、この子はボクじゃなくて元々は『じーちゃんの友達』なんだ」
そう、クリボーはボクが生まれるずっと前からの『じーちゃんの友達』だった。
「小さい頃から一緒だから『友達』というより『兄弟』の方が近いかな?」
ボクが物心付く頃にはいつもボクら家族の傍に居るのが当たり前で、
ボクにとってクリボーは『お兄ちゃん』であり、可愛い『弟分』でもあった。

だからボクは、いつかボク自身で見つけた『親友』がずっと欲しかったんだ。

――これから、仲良くなれるといいな。

「へぇ……」
別に仲が良ければ『トモダチ』に差なんて無い気もするが……
「初めてのテイムだから、嫌われたらどうしようって緊張したけど…
ちゃんと話せば分って貰えるって、本当だね!」
実際は『話す』以前に『決闘』以外は、しどろもどろしていただけだった様な。
「あっ……キミの事はなんて呼べばいいかな?『名前』とかあるの?」
よほど嬉しいのだろうユーギは矢継ぎ早にオレへと『質問』するが……
その問いはオレの数少ない『禁忌』に触れるものでもあった。
オレ達にとって『名』は『魂』にかかわる『特別なモノ』だ。

――少しからかってやるか……

「……『ユーギ』だ」
少しの間を挟み、彼が徐に口にした『言葉』は……
「えっ?」
ボクにとって『とても馴染みのある名前』だった。
「二度は言わないぜ」
彼はこの『数奇な一致』を少しぶっきらぼうな物言いで念を押していた。
「キミの名前も『ユーギ』なの?」
『ユーギ』という自分と同じ名前の人が居るとしても、こんな『偶然』があるなんて…
「悪いか?」
自分の名前に戸惑うボクを彼の方はいい加減面倒そうにしていたが。
「ううん、そんな事無いよ!」
だって今、ボクが思い付くままに……
――まるで『運命』みたいだ。
なんて言ったら、きっとまたキミに笑われるよね。

『騙す』には多少無理があるが、しらを切るのに適度な『嘘』だろう。
そう思ってはいたが相手はオレの予想を遥かに上回る『素直さ』の持ち主だった。
「へへっ……同じ名前だなんて、なんか奇遇だね」
こんな『出来すぎた偶然』を疑いもせずに信じるとは……
さっきもそうだが、こいつの余りの無防備さにオレの方が、調子が狂いそうだ。
「これからよろしく、ユーギ!」
あいつは屈託の無い笑顔で真っ直ぐとオレへ右手を差し出した。
「お、おう……」
促されるままに気付けばオレはぎこちなく慣れない握手を交わしていた。

★ ★ ★

新しい旅の友が最初に『提案』したのは、実にもっともな事だった。
「お前、旅してるんだろ?だったら悪いが一旦巣に寄らせてくれ」
ボクらの旅に同行する事を快諾はしてくれたが、それにはやはり多少の準備は必要なのだろう。
「うん、いいよ」
ボクはこれから旅の準備をするという、彼の家へ寄って行く事になった。

ボクらが出会った草原からそれほど遠くない林の中に彼の『巣』があった。
崖に開いた洞窟を石やレンガを積み重ねて閉じた石造りの壁には蔦がびっしりと絡まり、
一見荒れ果てた様に生い茂る周りの雑草と合わさると大よそ民家がある様には見えなかった。
けど、その緑の壁には小さなガラス張りの窓と相反する少し大きめな頑丈そうな木の扉がついていた。
彼は鍵も無しに扉に掛かった施錠を外すと少し薄暗い家の中へと入っていった。

岩肌の洞窟をくり貫き敷石で加工された室内は、
思ったよりも快適で適度な温度と湿度がむしろ居心地が良い位だ。
日が射さない室内は明り窓の代わりに壁の所々に拳ほどの大きさの光る鉱石が埋め込まれている。
その夜の月の様に淡い光は周りを見渡すのに必要最低限な明りを確保していた。
家の中は外観の野性味から比べると生活感もあり綺麗に整理整頓されていた。
だが棚に並べられた雑貨は普段は見る機会の少ない、少々不気味で『変った物』ばかりだった。
薬品らしきラベルが貼られた大小様々な容器に、
瓶詰めにされた何かの目玉や大きな角の生えた頭蓋骨等……
壁から掛かったロープには、種類毎に束に結ばれた植物や燻されたトカゲや昆虫等も干されていた。
そんな雑多な部屋の中心には工具の置かれた作業台と
しっかりとした作りのかまどが備え付けられていた。
それは前に本で見たことがあった、少し手狭ではあるが本格的な『魔法使いの工房』と言った趣だった。
「うわぁ〜…変わったアイテムが一杯あるね…」
目に入る物全てがボクには新鮮で、でも少し恐ろしくて…
だからこそ、この未知なる物へと好奇心が駆り立てられる。
ボクは机の上に無造作に置かれていた、いかにも変った形の瓶を手に取ろうとしたが……
「無事で居たかったら、無闇に触らない方がいいぜ」
彼は自分の腰に結んだ大きな鞄に手際良く荷造りをしながら、
無用心な来客であるボクに少々物騒な警告をしてくれた。
「あ、あははっ……そうだね」
けど友達からの『忠告』は素直に聞くべきだよね『命に関わるモノ』は特にだけど。

ただ此処で立っていても慌しく荷造りをする彼の邪魔になってしまいそうだったから、
ボクは大人しく家の外でクリボーと共に彼の準備を待つ事にした。

★ ★ ★

しばらくして、再びボクの前に現れた彼の姿は、正に荘厳たる『蛇の王』その物だった。
「待たせたな」
日光の下、一層鮮やかに映える深紅の布で繕われたマントを羽織り、
先ほどよりもより豪奢な黄金の装飾品一式を身に付けていた。
細かなパーツを繋ぎ合わせて作られた首飾り、
一見簡素だが丁寧な細工が施された指輪やイヤリング、露出した肌に巻かれた腕輪等。
その中でも一際目を引くのが、大きな目のシンボルが特徴的な「黄金の額宛」だった。
きっとこのアクセサリー全てが普通の装飾品とは違う魔術的な護符やアイテムなのだろう。
「……わぁ……」
でもボクはそれよりも彼の着飾った姿があまりにも自然だった事に対して驚いた。
一つ一つがあれ程の輝きを放つ服飾品全てが彼に馴染み、その『王者の風格』に付き従っている。
「着の身着のままで旅に出る訳にはいかないだろ」
確かにそうだが此処まで艶やかだと、なんだかボクの方が緊張してしまいそうだ。

彼は最後に念入りに戸締りを確認すると徐に鞄から緑色の瓶を取り出した。
その瓶に入った液体を玄関先へ撒くと緑の草木は著しく成長を早め、
あっという間に彼の家の出入り口を覆い隠してしまっていた。
「当分、これで問題無いだろう」
バタバタとしていた一仕事をやっと終えた様に、
彼は一息吐くと使い終わった瓶を鞄の中へと戻していた。
「その、ゴメン。急に一緒に旅をして欲しいなんて頼んで……」
今さらながら自分の都合の為に、
さっきまでいつもの日常を送っていた彼を随分と手間と取らしてしまったのだと。
「オレが決めた事だ、別に謝らなくていいぜ」
「あ、ありがとう……」
そう言われるとボクとしても凄く助かる。
「それよりもまたオレを楽しませてくれよな」
だが、その『条件』は『意外なモノ』だった。
「楽しませるって?」
ボクには、おおよそそんな器用な特技は無いのだが?
だがボクへ向かって微笑む彼の瞳は穏やかに見えるのに、
何処か身の引き締まる恐ろしさを彷彿とさせるモノも含んでいたが……

「オレはお前が面白そうだから『仲間』になったんだぜ」
オレはまだ事態を上手く飲み込めていないユーギの、その呑気な瞳を改めて覗き込んだ。

――オレを捕らえた瞳

『まぐれ』か『奇跡』か、オレはこいつの本質を知りたい。
「もしオレがお前を『つまらない奴』だと判断したら……」
もしこれがオレの買い被りなら、それこそ只の徒労だ。
「そうだな、その時はお前を――」
労力には見合わなくても、多少の成果は得たいものだ……
オレは目の前に居るこいつを動く『獲物』としてではなく
『食事』としての価値を品定めしていた。
どんな生き物でもまだ成長しきっていない
子供の肉の柔らかさと精気に溢れた温かな鮮血は格別な物だ。

――だが今『食べる』のは止めておこう。

長寿なエルフ族から追い回され報復されるのは、流石に面倒だしな……

――だったら、今度は『オレのしもべ』にするのも悪くない……

そんな『取らぬ蛇の皮算用』なオレの他愛ない夢想に……
「クリッ――!!!」
「いつッ!!」
さっきまではオレ達の近くを漂っていた毛玉魔物が、
今はオレの顔面目掛けて攻撃してきていたが。
「落ち着け!苛めてない…少し念を押しただけだ」
少々、邪念でも出し過ぎたか……
「えっ?クリボーどうしたの?」
こいつはこいつで突如オレに突っかかるクリボーに慌てるばかりで、
この事態をまるで理解してもいない。

――まったく、この面子じゃ先が思いやられるぜ……

★ ★ ★

これから始まるお話は……
ある晴れた日に偶然出会った
『一人の少年』と『一匹の少年』の物語。




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>BY・こはくもなか


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無料配布で作った同人誌【蛇の道は蛇】第一話のWEB版になります。

小説イラストはヒカリ。さんの作品になります。

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