【蛇の道は蛇】
第四話『峠の魔物と名無しの蛇』
今日の昼食は、各々分担での食材採取からだった。
理由はボクらの手持ち食材が少しばかり心許なくなってきたからだ。
ボクは火をおこす為の薪拾いをしながら食べられそうな植物集め。
野山にというか、こと食べ物には小さくもたくましいクリボーは実に優秀な『食材ハンター』だ。
そして、もう一人のボクは『趣味』で『特技』だという、狩りをしてくるとの事だった。
「これ、食べられるのかな?」
ボクは見つけたキノコや山菜等を一つずつ手にとっては、
本を片手に食べられるかどうかを入念に確認してみた。
「微妙に形が違う気もするけど、どうだろう?もし毒キノコだったら不味いよね…」
一度危うく毒キノコを料理に使ってしまいそうになった事があったが、
その時はもう一人のボクが寸前の所で気付いてくれたんだよね。
「後でクリボーかもう一人のボクに見てもらおう」
やっぱり『命』に係わる事だけは失敗出来ないよね。
「とりあえず薪は集まったし、一旦キャンプへ戻ろう」
ボクは両腕一杯に乾いた小枝を抱えながら、落とさない様にキャンプへと戻る事にした。
この旅を通してボクだって少しは成長したと思っているけど……
でもこの旅のメンバーで一番『お荷物』なのは、多分きっとボクだろうな。
分かってはいたが、ボクの友達はボクよりずっと『しっかりした大人』なのだ。
クリボーはああ見えてボクよりずっと年上だし。
もう一人のボクは年こそボクと同じだけど、誰に頼る事なく立派に一人で自活している。
自分が出来る事といえば、じーちゃん直伝の『手玉ハンド』と旅で学んだ微々たる経験値だけ。
――はぁ……なんか、くやしいな……
結局、ボクはまだまだ自分の事をするだけで手一杯だった。
ボクは自分の情けなさにとぼとぼと俯きながら歩いていると……
――あっ…もう一人のボク……
数十メートル先、藪の中からはみ出した、あの独特の文様と黄金にも似た山吹色の長い尾。
あれって、多分もう一人のボクの尻尾だよね
流石に見慣れてもきた、あの柄行は多分間違いなくもう一人のボクだろう。
気付かれないよう距離を取りながらゆっくりと近づいて見ると、
木陰に身を潜める彼の姿がボクの目にも確認出来た。
その鋭く射抜く目線の先には、大きな角を持った一匹の鹿が居た。
――あれが今回の獲物なのかな?
それはボクが初めて目にした『狩猟者』としての彼の姿。
ただ見ているだけなのに、ボクまで緊張して妙に汗ばんで喉が渇く。
正に一瞬、一陣の風の如く軽やかに、そして疾風にも似た力強さで、
彼はその跳躍の一撃で鹿の首元を掴み、そのまま地面へと沈めた。
多分あの鹿が気付いた時には、回避出来ない圧倒的な『死』が訪れていたのだろう。
ほんの少し可哀想にも思えてしまうが、ボクだって肉は食べるし。
今までだって、もう一人のボクの狩りのご相伴に預かった事も一度や二度ではない。
――そろそろ、声掛けていいかな?
ボクは狩りを終えたであろう、彼の元へと近付こうとしたが……
もう一人のボクは既に息絶えた獲物を少し離れた安定した場所へと運んで行ってしまった。
見失わないよう慌てて後を追うと丁度、ボクは物陰に隠れる形となってしまっていた。
――あっ……話し掛けるタイミング逃したかも。
だけど、もう一人のボクもどうやらまだボクの存在に気付いてはいない様だった。
彼はグッタリと横たわっている鹿の首筋に、すっと切れ目を入れた。
だらだらと鹿の首元から紅い血液が流れ出る様は、
やはり分かっていても否応なく『命』を奪っているのだと実感してしまう。
もう一人のボクは器用に指で腹を割くと溢れ出た柔らかな臓物を手に取り、
その血塗れた両の手でまだ温かな生き胆をゆっくりと口へと運んだ。
瑞々しい果実を食む様に、血の滴る臓物をその部位ごとに一口また一口と吟味していく。
恍惚とした喜びを湛える、その瞳はとても純粋で……
あんなに心から満足げに『食事』をする彼の姿を見たのは初めてだった。
「誰だ」
先程までの穏やかさとは違う、凛と張り詰めたもう一人のボクの声。
「あ…ボク…」
ボクはその声に気圧され、おずおずと彼の前に出て行った。
「ユーギ…」
ボクが姿を現すと彼は張り詰めていた警戒の糸を緩めてくれた。
――だけど……
「その…」
「…見て、たのか?」
何故だが、もう一人のボクを取り巻く雰囲気が硬く重い様に思えた。
「う、うん…」
ボクはその問いに素直に白状した。
『偶然』とはいえ『盗み見る』形になってしまったのは確かだし。
「そうか…」
それが彼にとって何を意味しているのかは、ボクには分からなかったけど。
「キミ、凄かったね!あんな大きなのを一撃で―」
だからせめてボクは盗み見てしまった彼の『特技』を賞賛しようと思っただけで……
「お前には見られたくなかった…」
だけど、もう一人のボクは気まずそうに、ボクから目線を逸らしていた。
「えっ?」
はにかむ『照れ』とは違う、まるで『恥』を晒したかの様に辛く寂しげな表情が胸に痛い。
――どうして、そんな顔するの?
「……もう一人のボク?」
あいつは心配そうに、オレの元へと駆け寄ろうとしてくるが……
「…すまない、どうかしてるな…」
でも今は何故だかこれ以上ユーギに近付いて欲しくなかった。
――なに気落ちしているんだ、オレは……
だが察しられたくなければ、もっと平静を装うべきだった。
オレを見つめるユーギの瞳には、オレへの気遣いと困惑の色が見て取れる。
「キミは食べる為にやったんだろ、なら無理に隠す事ないよ!」
だから余計に、こんな『慰め』をお前に言わせてしまう、自分の臆病さが嫌だった。
――だが、オレは『食べる』以上の『愉悦』を感じているんだぜ。
気まずさに押し黙るオレに、あいつはいつものあっけらかんとした笑顔で……
「確かにちょっと驚いたけど、真剣なキミの姿はやっぱり凄いし格好良かったよ」
ただ『オレの生き方』を飄々と笑って受け入れてくれていた。
「…ユーギ…お前…」
ああそうだ『ありのままの自分の在り方』に疑問を感じるなんてどうかしていた。
ただ、それでも……
オレは『お前にだけは恐れられたくない』と思ったんだ。
「じゃあボク、先に火を用意して待ってるよ!」
ユーギは一言オレに声を掛けると両腕の枝木を抱え直し、小走りにキャンプの方向へと去っていった。
――『待ってる』……か。
不思議だな、今はこの『約束』がこんなにも心安らぐ。
★ ★ ★
キャンプに戻るとボクは早速拾ってきた小枝を組み上げ、火を熾す準備を整えた。
最初は焚き火で火を熾す事すら上手く出来なかったんだよね。
「クーリー!」
「あ、クリボー。お帰りー!」
丁度かまどの準備が終わった頃に、クリボーが袋一杯の食材を持って帰って来た。
「クリクリ〜♪」
クリボーは自慢げに袋の中、一杯の木の実の数々をボクに見せてくれた。
「わぁー!こんなに一杯の木の実、良く見つかったね」
自分で食材探しをしてから『食べられる物』を見つけるというのが凄く大変な事がよく分かった。
今日はこのクリボーが採ってきた大量の木の実に、山菜を使った付け合せと、
後はもう一人のボクが捕まえた鹿肉がメインディッシュとなるのだろう。
ちょっと考えただけで、なんだか余計にお腹が減ってきてしまいそうだ。
――もう一人のボク、早く戻ってこないかな。
「ねぇ、ボーヤ。少し私と遊んでくれない?」
だけど、その呼び声はボクが待っていた『友』の声とは明らかに違っていた。
それはとても妖艶な色香を含んだ、艶やかな女性の声だった。
★ ★ ★
オレは一人、獲物を肉へと解体していた。
自分一人で食べるなら素手でもいいが、人に振舞うとなるとそうはいかない。
ナイフで切れ目を入れ、皮を剥がし、胴体と四肢を手早く切り離していく。
獲物を裁く手元に迷いなど無い。
だが、気持ちは妙に定まらなかった。
――どうしたんだ、オレは……
オレがユーギと違う事など初めから分かっていた筈だ。
『オレ』と『ユーギ』は【種族】が違う。
【食事】も【身体】も【考え方】しいては【生き方】に至る、全てが異なっていた。
なら、この胸にある重さはなんだと言うのだろう……
「クーーリーー!!!」
そんな、呆けた意識に聞き慣れた声が届いた。
「ん、クリボー?」
「クリッ!クーリー!クリリッ!!」
クリボーはなにやら慌てた様子でオレの元へと飛び込んで来た。
身振り手振り、その全てがオレに何かの異常を伝えようとしているらしいが……
「お、おいっ!落ち着け」
正直、クリボーの言葉はニュアンス程度にしかオレも聞き取れなかった。
「何かあったのか?」
まあ、この面子では聞くまでもなく『ユーギ』の事だとは察しはついていたが。
「クリッ!!」
クリボーはオレを先導する様に飛ぶと、オレも急ぎユーギの元へと向かった。
――ったく、手間が掛かるぜ。
★ ★ ★
クリボーが向かった先は意外にもオレ達が拠点にしたキャンプだった。
つまり、ユーギはここで何かトラブルに巻き込まれたという事か。
「ユーギ!!」
オレは声を上げ、姿の見えないユーギの名を呼んだ。
「あら、お友達?」
だが呼び声に応えたのは、ユーギではなく見知らぬ女の声だった。
羽ばたきと共に舞い降りたのは、鋭い鍵爪に両腕に大きな翼を生やした一人の女だった。
――『鳥人』か……
【ハーピー】
主に人型の上半身と両腕に翼を有した半人半鳥の魔物。
名の由来は『掠める者』の意。
『女』なら【ハーピーレディ】と言った所だろうか。
「クリボーちゃんも戻ってきてくれたんだ」
「クリッ!クリリー!!」
クリボーの反応を見るに、どうやらこの女が今回の元凶らしい。
そして、女の傍らに寄り添う様にユーギの姿があった。
だが、あいつの様子は何処かおかしなモノだった。
この状況で普段なら一番にうろたえている筈のユーギに、
その豊かだった感情の面影が見られなかったからだ。
――クッ……思ったよりも面倒だな……
オレは表情には出さない様に心の中で舌打ちすると、まずは軽く探りを入れる事にした。
「金目当てなら悪いが、そいつはさほど裕福じゃないぜ」
この女がユーギから掠め取ろうとしたモノは『金』か『命』か、
そのどちらだとしてもみすみす渡すつもりは無い。
「残念、確かにそうみたい」
女は少々軽いユーギの財布を片手に、わざとらしい態度で落胆の色を見せていた。
「くれてやる」
オレは腰鞄から小さな皮袋を取り出し、女の方へと投げて寄こした。
「あら、プレゼント?」
女は揚々と皮袋を受け取ると、この献上品に興味を示していた。
「『取引』だ」
だが目的が『金』であるなら、こっちとしても話は早い。
「フフッ…綺麗な赤ね…」
皮袋から取り出した品を女は満足げに品定めをしていた。
それは深い真紅の輝きを称えた石。
オレのとっておきの『切り札』の一つ。
「それに濃い血の匂い…」
女はそれがただの宝石でない事を察すると、オレの真意を探る様に目線を合わせてきた。
「悪くない『狩り』な筈だぜ」
なんてことはない、オレがしたいのは『駆け引き』ではなく『取引』だ。
「そいつを放せ」
ユーギが無事に戻るなら、それでいい。
――だが、それではどうやら今回は下手に出過ぎたらしい。
「そうね、悪くはないけど……」
妙に思わせ振りな女の態度が鬱陶しくて癪に障る。
女はオレの足元を見る様に値踏みをすると……
「どうしようかしら」
含みのある笑みでオレに安っぽい挑発を仕掛けてきた。
「ねえ、ボーヤはどっちがいい?」
だが、次に出された『手札』にオレは不覚にも動揺した。
「……ん?」
先程まで茫然と無反応だったユーギが、あの女の呼び声にだけ応えている。
「『私』と……あの『蛇男』」
あいつは今までに見せた事のない虚ろな瞳でオレ達を一瞥すると……
「ボクは……おねーさんがいい」
手招きする女の元へとふらふらとおぼつかない足取りで自ら進んでいった。
「ク、クリィ……」
クリボーはその大きな目を潤ませ、意識の薄いユーギに向かって鳴いていた。
正直、オレはもう『怒り』を『言葉』にする事も煩わしかった。
風向きが変わり、ふと女の方から香った甘ったるい化粧の匂い。
だが、どこか【本能】を擽る様な妖艶な香りだった。
――チッ……【誘惑の術】か……
男を惹きつける化粧の香りで誤魔化してはいるが、数種の薬草の臭いが混じっていた。
ユーギはあの女の【魅了】に意識を囚われてしまったのだ。
オレやクリボーは魔力と嗅覚によるある程度の回避が出来たが、
ユーギの事だ多分あの女に不用意に近づいたのだろう。
あの【ハーピーレディ】が掠めたのは『ユーギの心』だった。
――しかも、よりにもよって……こんな手で……
「フフ、素直ね」
女はこのユーギへの辱めを満足そうに『友』であるオレへと見せ付けたのだ。
「おい、鳥女」
『食べる』以外で『殺したい』と思ったのは本当に久しぶりだった。
「あら、何かしら蛇男さん」
その余裕に満ちた顔を今すぐ『苦痛』で引き裂いてやりたい。
「オレの『獲物』で遊ぶな」
人の大事な者を横取りした挙句、食べもせず弄ぶなんて…
――それは『オレの』だ。
「――っ……あははは!!」
女は突然、耐えかねた様に可笑しげに笑い出していた。
「何が、おかしい」
全くこの害鳥、人をからかうのもいい加減にしろ。
「ごめんなさい、随分と『お友達』想いなのね」
だが、その表情は確かに先程までの剣呑とした敵意の鋭さは無かった。
「悪いか?」
そんな性質の悪い相手に、オレも隠す事無く露骨な態度を示したが。
まあユーギの安全を想えば、敵意が無いのに越した事は無い。
「冗談よ、そんなに怖い顔しないで」
女は茶化しながらも、オレ達に対して明確な敵意の無い事を告げていた。
「それに悪いけど、年下は趣味じゃないの」
女は傍らに置いていたユーギの背中を押すとオレ達の方へと行かせた。
「ユーギ!」
「クーリー!」
オレもクリボーも堪らずユーギの元へと駆け寄っていた。
「怪我は…無い、みたいだな」
幸い目に見える様な怪我の類は無かった、まあ油断は出来ないが。
「……よかった」
オレはユーギの無事を確認し終えると、やっと一息吐く事が出来た。
当のユーギはまだ『魅了』が解けていないのか、名残惜しそうに女の方を見つめていたが……
「ねえ、初めて会った時、そのボーヤなんて言ってきたと思う?」
女はユーギを解放すると余り興味の無い話題を振ってきた。
「大方、いつもの『ナンパ』でもしたんだろ」
もっとも興味が無いというより、聞くまでも無い事なだけだが。
「フフッ、確かにそうね」
どうやら心当たりがあるのか、女は愉快そうにユーギに手を振っていた。
仮にも【モンスターテイマー】であるユーギが『オレ達』を前にして興味を示さない訳がない。
「『こんにちは』って、ちゃんとお行儀良く挨拶した後に
わざわざ名前と【モンスターテイマー】だって名乗ったのよ」
もはや『礼儀正しい』というよりは『馬鹿』か『命知らず』なだけなのだろうが、
ユーギの場合その全てが当てはまっているのだろう。
「変な子よね…でも」
女の言う事はもっともだった、現にオレもそう思っていた。
だが、その『変なモンスターテイマー』にオレ達は『魅力』を感じたのだ。
「そんな面白い子には『面白い友達』がいるものね」
そう言うと女はオレを一瞥すると、何がそんなに可笑しいのかクスクスと隠す事無く笑っていた。
――『面白く』て悪かったな……
「あげるわ」
女は懐から蓋付きの小瓶を取り出すと、それをこちらへと投げて寄越した。
「これは?」
「『化粧落とし』」
簡素なオレの質問に女は要領良く答えていた。
「ユーギ君に使ってあげて」
つまり、この『サービス』はオレ達ではなく『ユーギ』への物なのだ。
「貴方、名前は?」
大方去り際なのだろう、女は初めてオレの『名』を聞いてきたが……
「どうせお互い、直ぐに忘れるんだ」
オレはユーギの様に堂々と名乗るつもりは毛頭無かった。
「なら、オレは只の【蛇】でいい」
そうオレは【蛇】である。
覚えられるなら唯それだけで十分だ。
「そう、私は【ハーピーレディ】のマイ」
女はオレが聞きもしないのに勝手に名乗ると……
「じゃあね、蛇」
これまた一方的に『オレを覚えておく』という意思表示をしていた。
「えぇー!!行っちゃうの?」
あっさりと別れを告げるマイに、ユーギも残念がっていたが……
「ボーヤも『お持ち帰り』してあげられなくてゴメンね♪」
自分に甘えてくるユーギに、マイは調子の良いリップサービスをしていた。
「はぁ…ボクも連れてって欲しかったのにな…」
術の効果は大分薄くなってきたのだろう、
ユーギは先程よりも感情豊かにむしろ普段以上に無邪気に振舞っていた。
「二人きりならデートも悪くなかったんだけど……」
横目でこちらを伺うマイの表情は、明らかにオレをからかっているモノだったが……
「こいつに構わず、とっとと行ってくれ」
「フフッ…ハイハイ」
これ以上、この女の『玩具』にされるのはごめんだ。
「また、ね」
去り際に残した置き土産は、オレとしては是非とも反故にして欲しいものだ。
【マイ】と名乗ったハーピーはその両腕の大きな翼を広げ、空へと華麗に飛び去っていった。
★ ★ ★
「さて、こっちはどうするかな」
意識は戻り始めたとはいえユーギは未だマイが飛び去った方向を未練がましく眺めている始末だ。
オレは取りあえず女が寄越した『化粧落とし』を調べる事にした。
渡された容器の蓋を開けると中には乳白色なクリーム状の物が入っていた。
念の為、試薬で検査をした上で軽く毒味をしたが、
あの化粧と同じ甘ったるい花の香りと微かに甘味を感じる程度だった。
多分、植物油脂と花の蜜に薬草交ぜて作られた物だろう、成分的には『内服薬』といった所か。
――『飲み薬』か……
「ユーギ、飲めるな」
「えぇー!やだよ!」
まず、この二言返事の拒否からどうスムーズに薬を飲ませるべきか……
「嫌でも飲むんだ」
オレは少し強引にユーギを自分の方へと向けさせると薬を口元へ近づけた。
「ヤーダーーー!!」
だがユーギが嫌がり手で払いのけ様としたので、折角の薬を零してしまった。
オレは自分の体にベットリと零れた薬を手ですくい取ると……
「ほら、口開けろ」
タダをこねるユーギを暴れない様に軽く締め上げ、
微かに開かれた唇に薬でベトつく指を嫌がる口内へと無理にねじ込んだ。
「んぅ―……はぁ……あ、甘い…」
ユーギは最初こそ口に入れられた異物に嫌がっていたが、直ぐにその味がお気に召した様だった。
「な、平気だろ」
これなら後は自分で飲めるだろうと、オレはクリームが残っている容器を手渡そうとしたが……
「もっと…ちょーだい…」
「お、おいっ!」
あいつは徐にオレの手を取ると、あろう事か薬の付いたオレの掌を舐めだしたのだ。
ユーギの紅く濡れた舌先が甘さを求めて、指の一本一本を丹念に這う様に舐め上げる。
「―っ……ユーギ、いい加減……」
指先に触れる柔らかな唇の感触が、そのじれったいこそばゆさが
あいつの特技である【手玉ハンド】に似ている気がした。
――これ以上されたら頭がおかしくなりそうだ。
しかし口では拒んでいる筈が、どうしても『止めたい』とは思えなかった。
オレはユーギが与える、この『もどかしい甘さ』を手放したくなかったのだ。
「ん〜…おいしかったぁ〜」
満足げなユーギの声と共に、この甘い遊戯は突然の終わりを告げた。
「はぁ…ありがと…もう一人のボク……」
うっすらと瞳を蕩かせ、嬉しそうに微笑むユーギは、
まるで親に甘え安心しきった幼児の様だと思った。
「―ったく……子守かよ、オレは…」
――こんな事で『安心』するなんて。
結局、散々心配掛けた挙句、自分はずっと呑気に夢の中なのだ。
「本当、どうかしてるぜ……」
ユーギと居ると自分がこんなにも様々な感情を持っていた事を思い知らされる。
――ああ、そうか……
オレは『ユーギ』を放せない程に固執している。
それは些細な差異ですら『寂しい』などと感じてしまう程に……
ユーギとの『出会い』が、あいつの『存在』が、オレを知らぬ間に変えていたんだ。
「とっくに馴らされてたんだな、オレは……」
――大した『テイマー』だぜ、お前は……
あいつの瞳に惹かれた、オレの眼は間違ってはいなかった。
なら、もう『この気持ち』に戸惑うのは止めだ。
オレはこいつが『ユーギ』が好きなんだ。
ユーギはオレが認めるに値する『力』を秘めた男だった。
それは相手を『縛る』のでは無く。
人に訴えかける直向な『心』の力。
オレはお前に今までに無い『憧れ』さえ抱いている。
ユーギは自分一人では変えられなかった退屈な日々を、
いや退屈にすら感じていた『オレ自身』を変えてしまった。
それは『言葉』を伝える素直さに『行動』で示す勇気に、
そして『想い』を心に留める優しさにも……
その『全て』に、オレは心動かされたのだ。
しかし、ここまで何もかもが違うのに『同性』であるという、
ただ一点だけが同じだというのは少々皮肉めいた気がするぜ。
――まったく、オレもとんだ『奇食家』だな。
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無料配布で作った同人誌【蛇の道は蛇】第四話のWEB版になります。
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