【蛇の道は蛇】

最終話「虚偽の罪と真実の名」

ボクらは海と街道が交わった、
交通の要所である大きな都市へとやって来た。
少し肌寒い海風が、微かに潮の香りを賑わう雑多な街中まで運んでいた。
人々で溢れる大通りには様々な珍しい出店が開かれ、
その店主の種族も多種多様だった。
とても豊かで、開かれた活気ある街。

――それなのに……

何故だろう、街の人達のボクらを見る眼が痛い。
「随分、嫌われているみたいだな」
普段から用心深いもう一人のボクは、いち早くその不穏な空気に気付いていた。
「そんな事……」

――『無い』だなんて言い切れなかった。

この街の中にも他の亜人や魔物だって数多く居た筈なのに、
彼らが『嫌悪』を向けていたのは間違いなく『もう一人のボク』だった。
彼はボクの手を取ると敵意を避ける様に、大通りを足早に抜け出した。

通りを一本抜けるとそこは木々がまばらに植えられた街中の小さな広場だった。
緊張の連続にやっと一息付けるかと思ったのも、
つかの間……
「待ちやがれ、この盗人ヘビ野郎!!」
平穏な広場に木霊する大きな怒声。
その呼び声はもう一人のボクへと向けられた『中傷』でもあった。
「『盗人』?」
「えっ?」
身に覚えの無い事に呆気に取られていると、
先程の声の主は無遠慮にもう一人のボクへと詰め寄って来た。
「その長い蛇の下半身に、ド派手な紅い羽織!この『手配書』通りじゃねえか!」
青年は不躾にもう一人のボクの姿を指差すと、
手に持った手配書らしき紙をボクらへと突きつけた。
「なっ!?たった、それだけで!!」
その手配書には人相描き所か、
手配人物の大まかな特徴を文字のみで書かれているだけだった。
「随分と雑な憶測だな」
確かにこれではお世辞にも『詳細な手配書』とは言い難いのに……
青年は端からもう一人のボクを『犯人』だと決め付けていた。
「ボク達がここに着いたのはついさっきだし、それに彼はずっとボクらと一緒に居たんだ」
ボクはもう一人のボクの無実を証明しようと話を切り出そうとしたが……
「どーだか!」
だが彼はボクらの言い分に全く耳を貸してはくれなかった。
「盗み、強盗に恐喝……もう死人だって出てんだ」
それは『義憤』いや、もっと切迫した想いからなのだろう……
「もう一人のボクがそんな事する訳ないだろ!!」
だとしても、それは言われの無い罪に問われているボクらだって同じだ。
「オレが奪うのは、食べる『獲物の命』だけだぜ」
そんな切迫した状況でももう一人のボクは冷淡な程に『真実』のみを口にしていた。
「盗人の獲物といえば『お宝』だろ」
その『冷静さ』が気に食わないのか、彼は今にも殴り掛からんばかりの形相で
『怪しいよそ者』であるボクらを睨み付けていた。
「大人しくツラ貸せよ」
青年は乱暴にもう一人のボクの襟首を掴み上げると
威圧的な態度で『同意』を強要した。
「やめてよ!!」
気付けばボクは考えるよりも先に青年を制止するかの様にその腕にしがみ付いていた。
「なっ…おめぇもしょっ引くぞ!!」
そう口にした言葉は、彼の『身分』を示すモノでもあった。
確かにボクらとそう年は離れてはいないであろう青年の腕には、
街の入口にも掲げられていたシンボルマークが縫われた腕章と
腰には一振りの剣が下げられていた。
もう一人のボクを守ろうと必死に纏わり付くボクとクリボーに
業を煮やしてか青年は鞘へと手を伸ばした。

――だが……

「ユーギ!!」
そんなボクらの不毛な争いを止めたのは、他ならぬもう一人のボクだった。
「平気だ」
こんな酷い事を言われて平気な筈無いのに、
彼は『言葉』にする事でボクらを案じてくれたのだ。
「でも……」
大した事は無いと微笑むもう一人のボクに、
何故だろうどうしようもなく胸騒ぎがする……
「直ぐ戻る」
「う、うん……」
でも今は彼の行動の方が『最善』で、
ボクらはただ小さく離れて行くもう一人のボクの後ろ姿を祈る様に見送る事しか出来なかった。

結局、ボクらの必死な無実の訴えも空しく。
あれからボクは、もう一人のボクに会う事すら出来なかった。

★ ★ ★

翌日、朝一番に宿を出て役所へ行くと正式な手続きを取り、
ボクらは彼が拘留された町外れの留置場へと向かった。
重い鉄の扉に閉ざされた階段を下りた先、
薄暗い石造りの牢屋の奥に浮かび上がったのは、
裸同然で鎖に繋がれたもう一人のボクの姿だった。
「もう一人のボク!」
たった一日振りだというのにボクはたまらず、
彼の元へと鉄格子から身を乗り出そうとした。
「ユーギか」
ボクらの姿を捉えるともう一人のボクは
待ちかねた様に鉄格子の傍へと身を伸ばした。
「見ろよ、あいつ等よっぽどオレが恐ろしいらしいぜ」
いつもの不敵さと少々の皮肉が混じった口調で、
彼は己を縛る手枷を平然とボクへと見せ付けた。
金属で作られた窮屈な枷は鎖に繋がり、
その末端は牢獄の石壁に頑丈に結び付けられていた。

――とても、見ていられなかった……

「こんなの……横暴だよ!!」
ボクはただ口惜しかった。
この『理不尽』に『自由を奪われた友達の姿』に……
それなのにボクは『怒り』よりも『涙』が滲んできてしまう自分が情けなかった。

――取り乱してる場合じゃないのに……

ボクは動揺を振り払う様に瞼を拭うと、未だ苦境にある『友』へと向き直った。
「キミは何も悪い事してないじゃないか!!」
「ああ、そうだな」
ボクの憤りにも、彼はまるで他人事の様に一人冷静だった。
「―だが……」
そんな、彼だからこそ……
「オレはお前に嘘を吐いている、どうして信じる?」
この逃げ様の無い『現実』すら、受け止められたのだろう。
「それは……」
はぐらかされていた『真実』の一つを彼は遂に明かしてくれた。
でも、ボクが望んだのは『こんな形』じゃなかった……
「疑念を抱いて当然だ」
とつとつと言葉を進めるもう一人のボクのその瞳が微かに揺らいだ様に見えた。
彼はボクへ『真実』を話してくれた。

――けど……

ボクが知りたかったのは『キミの本当の気持ち』だけだった。
ボクらの間に多少の『嘘』があたっていい。
ただ『嘘の友達』じゃなければ……

――ボクはどんな時もキミを信じられる!!

「それでも、キミは『自分の誇り』に嘘は吐かない」
キミの事でボクがほんの少しだけ知っている事、
それがボクにとっての『真実』なんだ。
「―フッ……」
もう一人のボクは薄く微かに微笑むと、
不自由な筈の両の手で鉄格子へとゆっくり手をかけた。
「もう一人の…ボク…?」
ボクの目の前で真っ直ぐだった鉄格子をまるで
柔らかな飴細工の様に容易にひしゃげて見せたのだ。
「オレは一人だったら、この枷も檻も、止める兵士さえも壊して逃げ出したぜ」
彼はこれだけの『力』を身に潜ませ、その上で屈辱に耐えていたのだ……

――どうして、待っていてくれたの?

――待っていたんだ、お前を……

「じゃあ……」
あいつはただ真っ直ぐな瞳でオレの『真意』を求めていた。
己の『心』をさらす事が、こんなにも『勇気』のいる事だったのか……

――本当に、お前はいつも勇敢だな。

「だが、それは『罪』を晴らす事じゃない、むしろ『疑惑』を深めるだけだ」
そんな事をして『お前が喜ぶ訳がない』と分かっている。
お前はオレの『身の自由』以上に、
オレの『誇り』が傷付けられた事に憤ってくれたのだから。
「なによりオレは『お前の信頼』を裏切りたくない」
お前が信じてくれたのに、オレが裏切る訳にはいかないからな。
「もう一人のボク…」
あいつは何故だか今にも泣きそうな顔をしていた。
『怒り』でも『喜び』でも、
相手を想い涙ぐむユーギの気の優しさについ戸惑ってしまう。
もし自分の事だけ考えたなら、こんな行動はしなかっただろうな……

――嬉しかった…凄く……

『もう一人のボク』は、ボクを信じてくれていた。

――キミの…『力』になりたい……

「ボクが――!!」
溢れる想いが『言葉』に変わる……

――ボクがキミを助けたいんだ!!

そんなボクの想いを遮るのも、また『キミ』だった。
「お前はただ『犯人を捕まえればいい』と思っているだろ?」
全てを言い終えるよりも早く、彼はボクの考えを見抜いていた。
「えっ…?」
だからこそ、何故止めるのかが不思議だった。
「相手は逃げる為なら他人の命を平気で奪うぜ」
『事実』は容赦無く、この『現実の過酷さ』を表している。
「それはお前に『命』のリスクがあるという事だ」
その『理由』に到らない『甘さ』が、ボクの『最大の欠点』なのだ。
「これは『仲間』としての忠告だ」
彼は真剣にボクらの身を案じるからこそ、安易な考えを諌めさえしてくれた。
「命を懸ける…」
彼の覚悟を前にして、軽はずみな勇ましさなんて言え無かった……
「ク、クリィー…」
『怖くない』といえば、きっと『嘘』になる。

――でも、ボクは……

「だが、オレは『友』として……」
不安に臆するボクに語り掛ける、淀み無い『友』の言葉。
「お前を信じているぜ、相棒」
その真っ直ぐな『信頼』に……
「…『相棒』…」
ボクはキミに応える『勇気』を持つ『覚悟』を決める事が出来た。
「悪いな、面倒な事に付き合わせて」
こんな状況なのに、もう一人のボクはいつもの様に笑っていた。
「――ったく、当たり前だろ」
そんな『キミの強さ』が羨ましくて、ボクもつい強がってみたくなる。
「よし、決まりだな」
「クリクリー!!」
ボクらを包み込んでいた『不安』は、いつしか『希望』へと変わっていた。
「ユーギ」
もう一人のボクは何か話を切り出すと、こちらへと手招きをした。
ボクは促されるまま彼の方へと歩み寄ったが……
「えっ?ええっ!?」
彼は格子の隙間から器用に尻尾を伸ばすとボクへと巻き付け、
そのまま強く自分の方へと手繰り寄せてきた。
気付けばボクは、ひしゃげた鉄格子の隙間へ頭を入れる形になっていた。
「静かに」
もう一人のボクは口元へ指を添えると、そっと『沈黙』を促した。
「お前に『切り札』を渡して置く」
これから託される『切り札』は、きっと彼にとっても『重要なモノ』なのだろう。
「う、うん…」
その『責任』の重さに、ボクは緊張し息を呑んだ……

――けど……

その先の言葉はなかなか続かず、微かな沈黙だけがボクらを支配していた。
「どうしたの?」
ボクは何故か押し黙るもう一人のボクの顔をジッと覗き込んだ。
「……いや」
さきほどまでの神妙さとも違う。
なにか恥じらいすら含んだ複雑な表情をしていた。

――もう一人のボク、どうしたんだろう?

決意を込めて見開かれた真紅の瞳は、
ただ迷い無く目の前のボクを捕らえていた。
首元へ絡み付く彼の尾はボクの顎を上げさせると、
頬へと添えた両の手はそっとボクを包み込んだ。

気付けばボクはもう一人のボクと唇を重ねていた……

ただ触れ合うだけじゃない、少々強引に何かが唇を押し割り入ってくる。
それは硬くツルリとした感触のビー玉の様な物だった。
「飲み込め」
そうボクを促すもう一人のボクの声音には、言い知れぬ重みが含まれていた。
だからボクは喉を伝う硬く冷えた異物感をなんとか堪えて飲み下した。
どうやら、これは『キス』では無く『口移し』だったらしいが……
「――っ……これって?」
今さら聞いても遅い気がするが、ボクは改めて彼に『真意』を尋ねた。
「『お守り』だ」
もう一人のボクはただ微笑みと共に囁くと、
肝心な所はなんだかいつも通りはぐらかされてしまっていた。
「あ、ありがと……」
やっと通じ合えたと思っても、
だからこそ新たな『秘密』があるのは相変わらずらしい。

――だから……

今、キミの『本当』を聞けるなんて思ってもみなかった。

「『アテム』」
もう一人のボクの口から紡がれた、静かだが確かな言葉。
「『種族』じゃない、オレの『名』だ」
それはボクへと託された、もっとも大きな『信頼』の形だった
「ア、 テ―」
ボクは心に刻み付ける様に、友の『名』を口にしたが……
「無闇に、口にするな」
もう一人のボクはたしなめる様に、すっとボクの唇へ指先を添えていた。

――本当に、素直だな……

「う、うん…」
ユーギはただ直向な眼差しで、オレの言葉をしっかりと受け止めていた。
「もし『力』が必要なら、迷わずオレの名を呼べ」
それは『忠告』ではない、オレのお節介な『想い』で……
「必ず、お前の助けになる」
この我が侭な『誓い』をお前はどう思っただろうか?

――ただオレはどんな時もお前の傍に居たいんだ。

ボクは真摯な彼の想いを受け取ると、その真心に応える様に強く頷いた。
「待っててね、もう一人のボク!ボクが必ずキミを助けるから!!」
この『言葉』を絶対に『嘘』にする事は出来ない。
「ああ、期待してるぜ。相棒!」
アテムがくれた『勇気』と『信頼』に応える為にも……

ボクは見送る彼に手を振ると、
地上へと続く長い階段を一気に駆け上がった。

★ ★ ★

あれからボクとクリボーは、改めて街の様々な人達に聞き込みをした。
一日かけて集まった情報は、
あの粗雑な手配書より幾分か詳細な情報となっていた。

真っ赤な上着を羽織、その裾からは白い大蛇の下半身を覗かせる。
人語を理解しながら街中で凶行へ及ぶ、半人半蛇の盗賊。

――そして……

「顔に大きな傷跡」
この時点で【犯人像】はもう一人のボクと大分違っていた。
「全然、もう一人のボクと違うよね…」
「クリー!」
多少なりとも憤りはあるとはいえ、
ボクは自分達の間の悪さに心底落ち込みたくなった。

結局、落ち着いて調べて見れば
『真実』は思った以上に『はた迷惑な話』だったのだ。

ただ、彼が『蛇の魔物』であったという事。
そして、ボクらが『旅人』である事。
今の彼らが疑うには、ただ『それだけ』で十分だった。

一方的な『思い込み』の恐ろしさはボクだって知っている。

――けど……

それほどまでに、この街の人達は
『見えない恐怖』に焦り、追い詰められていたんだ。
一つだけ確かな事は、この街を己の『狩場』だとしか思っていない
一匹の『蛇』が居るという事だけだった。

★ ★ ★

――…冷えるな……

日の差し込まない地下牢は、地上よりも一層冷え込んでいた。
この地下の世界で【光】と言える物は廊下を灯す松明の明かり位だ。

――早く、陽を浴びたいぜ……

そういえば昔、一度だけ人に捕まった事があったな。
あの時もこんな窮屈な枷を付けられ、狭い檻に入れられたな……

閉じ込められた沢山の子供達、
【人】も【動物】も【魔物】も分け隔てなく陳列され【商品】にされていた。
そのおぞましい光景を前に『恐怖』よりも『怒り』がまだ幼いオレを支えていた。

買い手は箱の中に詰め込まれた小さな【命】を爛れた欲望にぎらついた瞳で眺めていた。
そして、売り手は下世話な【客】にも哀れな【品物】にも、冷淡な程に無関心だった。
オレ達を『生き物』ではなく『欲望』を満たす為の『物』としてしか見ていない。

等価である『他者の命』を『自身の命』を掛けて奪うからこそ『狩猟者』としての誇りがある。
オレは『命』を『物』として扱う奴が嫌いだ。

あの場所に居た【モンスターテイマー】も『命』を【コレクション】として集めていたな。
オレ達と共に生き『馴らす』ではなく、殺し『閉じ込める』だけ……

それと比べ、ユーギは本当の意味で【テイマー】だった。
あいつは自然と『命』を生かし、ただありのままの輝きを受け入れる。

――ユーギは、無事で居るだろうか……?

危険を承知で頼んだのだ、今はあいつを信じるしかない。

――だから……

深い眠りに落ちる前に、それだけが気掛かりだった。

★ ★ ★

集めた情報を元に、ボクらはある場所を張り込むことにした。
それは先日、件の『蛇』に襲われ
被害にあいながら辛くも未遂と終わった、ある豪邸の直ぐ傍だった。

日も当に沈み、頬を撫でる夜風は痛い程に凍えていた……
「来る、かな?」
「クリリィ…」
夜が更ける度に『闇』はその濃さを増していく。
そして『不可視の恐怖』が辺りを包み込む。
何処からと現れるか分からない『恐怖』と、
ずっと向き合うというのは思った以上に過酷なもので、
ボクはふと疲れた溜息を零していた……
「おい!」
「―うわっ!!」
突然、粗暴な声と共に掛けられた大きな手に、ボクは驚き飛び上がった。

――が……

「あっ!キミは……」
それは先日もう一人のボクを連行していった、この街の自警団の青年だった。
「―ったく!これ位でビクビクすんじゃねぇよ!」
青年はこんなボクに呆れながら、隠す事なく苛立ちを勢いよくぶつけてきた。
「ご、ごめん……」
どうやら、ボクらはまた彼を怒らせてしまったらしい。
萎縮するボクらを横目に、青年は壁を背に寄り掛かりながら……
「随分、調べてたみたいだな」
意外な事に『今回の件』について聞いてきたのだ。
「うん、ちょっとね……」
ボクは少し濁した言葉で、青年の出方をそれとなく伺っていた。
「お前、よく【魔物】なんかと一緒に居られるな」
彼をボクの隣をフワフワと漂っていたクリボーを見ながら、
物珍しげにボクの方へと話し掛けてきた。
「んー…まあ、ボクは【モンスターテイマー】だし」
特に隠すことなく明かしたこの『職業』が一般的で無い事は十分にわかっている。

――けど……

「それに……」
「それに?」
青年は先日の様に相手を遮る事も話を強要する事も無く、
むしろ黙ってボクの世間話に耳を傾けていた。
「ボク、昔から魔物が好きなんだ!」
きっと彼も自分の意思で『自警団』である様に、
ボクも好きで『モンスターテイマー』になったんだ。
「やっぱ、変だな」
「えー!!」
『人の好き』をここまであっさりと『変』だと指摘する彼の豪胆さは、
普段気の小さいボクにはなんだか羨ましい位だ。
「キミは【魔物】が怖いの?」
最初は『魔物嫌いな人』なのかとも思ったが、どうやらそうでも無いらしい……
「怖かねぇけど、好きでもねぇ」
少し距離を置いた態度で接する彼を見ていると、
どうやらボクらが『よそ者』である事の方が不信なのだろう。
本当に『嫌い』だったら、傍を漂うクリボーに興味なんて示さないよね。
「けど【魔物】ってさ、それぞれ凄い特技があって、格好良いんだぜ!!」
だから彼の誤解を解く事が出来れば、
もしかしたらアテムの事も分かって貰えるんじゃないかと思えた。
「格好良い、ね…」
彼は少し呆れ顔で一人息巻くボクの話を聞き終わると……
「なら随分『格好良い僕』を持ってんだな」
多分『一番の誤解』であろう事をボクへ言ってきたのだ。
「もう一人のボクは【僕】じゃなくて『ボクの友達』だよ」
「はっ?【もう一人のボク】?」
青年はボクが否定した大事な事よりも、
普段の『アテムの愛称』の方に訝しげな顔をしていた。
さっきもそうだけど、せっかちというか、
なかなか最後まで話を聞いてくれないぜ……
「はぁ…なんかお前と話してると、こっちまで調子狂うぜ」
言葉が通じる者同士でも理解し合う事の難しさ、それは向こうも同じなのだろう。
だからこそ、彼が真剣に『ボクらを知ろうとしてくれた』のだと分かる事が出来た。
「―ったく!よく似てやがるぜ…お前ら」
「そうかな?」
彼は面倒そうに頭を抱えると、
先程からの剣呑とした雰囲気を少し緩ませ、ボクらの意外な印象を口にしていた。
「あの野郎も突っ張ってはいたが、オレ達に敵意が無かった」
青年は未だ言葉のキツさはあるものの、それでも当初に思ったよりも頑なでは無いらしい。
「だから!もう一人のボクは悪い魔物じゃ――」
だからこそ、ボクも『分かって貰いたくて』つい声を上げてしまったが……
「見極めるのはオレ達だ!」
そんな無遠慮なボクらに彼は明確に一線を引き、この話を終わらせた。
「だから……」
――それでも……
「念の為、オレもこの辺見張ってるから、なんかあったら声出せよ」
見知らぬ他人だったボク達へ、彼は少々の心配りを残して立ち去ろうとした。
「ありが――」
「オレはまだテメェらを信用したワケじゃねぇぜ」
青年は冷めた瞳でボクらを一瞥すると自分が『味方』では無い事を示していた。
「うん…でも、ありがとう」
ボクの返答に彼は少々呆れた顔をしていたが……
それでも、ボクは甘くない『対等な誠意』にお礼が言いたかった。
「じゃあな」
踵を返したその背中はボクらへ応える様に、振り返る事無く軽く手を振っていた。

★ ★ ★

あれからまたしばらくして、街は夜の静寂へと移り変わっていた。
今日はもう犯人は現れないのではと諦めかけた頃……
「あれ!!」
夜目にも慣れて来たボクの視界に紅い人影が写ったのだ。

――次の瞬間。

騒然とした物音と悲痛な叫び声が辺りに木霊した。
それはボクらが張り込んでいた高い壁に囲まれた屋敷の中からだった。

――『犯人』が来たんだ……

ぼやぼやはしていられない。
ボクは両手に意識を集中すると小振りだが
普段よりも遠隔操作が利くマジックハンドを作り上げた。
「クリボー!!」
「クリリー!!」
合図に応えてクリボーがマジックハンドの上にちょこんと乗ると……
「頼んだよ!」
ボクはクリボーを掴むと上空高く目掛けて、力一杯放り投げた。
滞空し周りを見渡すクリボーの小さな姿を見失わない様にボクは夜空に目を凝らすと、
クリボーは旋回の後、標的を追う様にどんどんと町外れの方へと向かっていた。
ボクはクリボーの背にくっ付けたマジックハンドの反応を辿って、
昼間頭に叩き込んだ細い路地を一気に駆け抜けた。

街の城壁を出ると、あの紅い羽織の人影を遠目にやっと捕らえる事が出来た。

――居た!!

ボクはクリボーの背に乗せたマジックハンドに意識を集中すると、
そのまま犯人へと滑空し相手の服にしがみ付かせる事に成功した。
「絶対、はなすもんか!」
もう肉眼では追えないからこそ、ボクは小さく声に出し、己を奮い立たせた。

――これから自分が対峙する『恐怖』に負けない様にと……

しばらく森を進むと犯人に取り付けた筈のマジックハンドがすっかり動きを止めていた。
多分、逃げ切れたと確信した犯人が移動するのを止めたのだろう。
少しずつ、だが確実に犯人との距離は縮まっていく……
微かに聞こえてくる人の物音、暗い森の中をほのかに照らす焚き火の揺らめき。
その灯りの先から聞こえて来たのは、まだ年若いであろう男の声。
「それにしても、今日は一段と楽な狩り場だったぜ」
炎に照らし出されたその姿は、街で聞いた証言にもっとも近い人物だった。

地を這う長い蛇の半身に、闇夜でも尚鮮やかな鮮血を思わせる紅い羽織。
不揃いな白髪と相反する焼けた褐色の肌。
青白く滑らかな鱗の表皮は闇の中で尚特異な輝きを放っていた。

煌びやかな盗品に囲まれながら、
大蛇は祝杯を煽っているからか随分と上機嫌な様子だった。
今なら悟られずに近づけるかも知れない。
そう、ボクらは息を潜めて犯人へと距離を縮めて行くが……
「ま『どこぞのマヌケ』のお陰で助かったぜ」
それはボクにとって『絶対に許せない』一言だった。
「か、えせ……」
それは自分でも、ここまできて軽率だったと思う。
「あっ?」
相手もただ目の前に現れたボクを、とても『追手』だとは思えなかっただろう。
――でも……
気付けばボクは無謀にも敵の前へと飛び出してしまっていたのだ。
「ボクの『友達』をかえせー!!」
「わけわかんねぇ事、いってんじゃねー!このガキがぁ!!」
『当初の作戦』からは、かけ離れたスタートを切ってしまったが、
もう後は最後までやり切るしかない。
ボクはまず相手の上着に潜ませていた
小さなマジックハンドの片割れを倍以上の大きさにまで巨大化させた。
「――チッ!」
大蛇は苦々しく舌打ちすると、
その長い尾で地面を叩き付け、まずは光源である焚き火を消した。
唯一の灯りを失い、森は再び『闇』の一部となった……
でも、今灯りを付ける事は出来ない。
それは、もっとも目立つ『的』となるだけだ。

暗がりからジッとこちらを狙っているのだろう……
一度、闇に溶け込んだ『蛇』を見付け出す事など出来る筈が無い。

だからボクにチャンスがあるとすれば、それはただ一度きりだ。
相手がボクらを攻撃する時に現れる、この一瞬。
「約束したんだ、絶対に助けるって…」
ボクはありったけの力を込めて、
森の中に潜ませていた沢山のマジックハンド達を可能な限り操作した。
「ああ、そうかい!!」
瞬く間に迫る素早い大蛇の牙を、
ボクは『力』ではなく『数』で押さえ込もうとしたのだ。
一つ一つは小さなマジックハンド達が、
徒党を組んで一つまた一つと大蛇へと纏わり付いていく。
「クソッ――」
この思わぬ反撃に大蛇はその長い半身を捩りもがいていた。
緊張を解し相手の戦意を弱めるマジックハンドの能力により、
臨戦態勢にあった犯人の動きは強制的に鈍くなっていく。

だが、ボクは知らなかったのだ、夜の『蛇』の真の恐ろしさを……

ボクらの目の前で大蛇は、本当に『闇へと消えた』のだ。
次の瞬間、強烈な衝撃がボクを襲った。
気付けばボクの身体は跳ね上げられ、硬い地面へと背中を打ち付けていた。
「手間、かけさせんじゃねぇ……」
どうやら、ボクはしなる蛇の尾で胴体を叩き上げられたらしい。
痛みでのた打ち回りたいのに、それすら身体が上手く動かない。
打ち付けられた衝撃と痛みで上手く息が出来ない…
今、術を切らす訳には――

――ボクにもっと『力』があれば……

こんな時『キミが居てくれたら』なんて思ってしまう、自分の弱さが情けなくて。
「―ア、テム……」
だから、その『名』を口にする事で、せめてもう一度立ち上がる『強さ』が欲しかった。
口内に滲む鉄臭い慣れない血の味。
痛みなんて体中全部で何処がどうとかよく分からない。

――それなのに……

その『痛み』よりも遥かに『怖気』のする感覚が、ボクの中に潜んでいたのだ。
むせる様な血の臭い、胃の中でゆっくりと熱く粘る異様な感触。
ボクはその禍々しい『恐怖』を、悪寒に耐えかね吐き出した。
地面に落ちた紅き石は、まるで鮮血の様にグズグズと溶け出したのだ。

――そして……

徐々に大きく膨れ上がる、煙る黒い闇の隙間から見え隠れする長く蠢く影。

――なんだ……これ……

場の空気を一瞬で支配する圧倒的な威圧感。
それは『生き物』の範疇を超えた、純粋な『力』そのものだった。

――紅い『蛇』……いや『竜』?

「…【オシリスの天空竜】…」
動揺を隠せないかの様に大蛇は、
この得体の知れない存在の『名』らしきモノを零していた。
「なんで、こんなガキが…」
苦々しくボクを睨み付ける相手の顔には先程までの余裕は無かった。
「こんなレアもん、持ってやがんだよ!!」
ボク自身ですら信じられない目の前の『現実』を他の誰が受け入れられるだろうか……

『もし『力』が必要なら、迷わずオレの名を呼べ』

でも、この『奇跡』を起こしたのは……

「もう一人の…ボク…」

『必ず、お前の助けになる』

――助けに、来てくれたんだ……

「ハハッ…ツイてねぇぜ……」
ただ彼は乾いた笑い声で、この予期せぬ『不運』を嘆いていた。

ゆっくりと片方だけ開かれる二口の顎、
闇を切り裂く紅き竜の怒れる雷鳴と共にボクらは意識を失った。

★ ★ ★

ボクが『弱い』なんてわかっている。
それは自分の身一つ守れない程に……
それでもボクは、彼を大切な『ボクの友達』を守りたいんだ。

ボクらは昨夜の顛末に起きた『光』と『音』の濁流に飲まれ気を失っていたらしい。
「あいつは!?」
ボクは急いで更地へと変わり果てている周りを見回してみたが……
「クリィー…」
一足早く意識を取り戻していたクリボーはしょんぼりとうな垂れていた。
雷で焼け焦げた周りを調べてみたが死体らしき物は見当たらなかった……
どうやら逃げられてしまったと考えるのが妥当だろう。

「早く自警団の人達を呼んで来よう!!」
確かに犯人は逃してしまったけど
『今回の出来事』でアテムの容疑もきっと晴れているだろう。
「クリボーは、ここで盗品を見張ってて!!」
「クリリー!!」
ボクはクリボーに残された盗品の見張りを頼むと、急いで港町まで知らせに戻った。

★ ★ ★

それから街の人達や自警団による、盗品の回収や現場検証も済み。
この件で留置されていたアテムの容疑も晴れ、
なんとか無事に保釈される手筈となった。

ボクらは今回の事件のきっかけとなった自警団の青年の案内で、
もう一人のボクが拘置された、あの地下牢まで迎えに行く事となった。

「まだ、寝てやがるのか?」
「クリー?」
牢屋を覗くと暗がりの隅にいつもより小さくとぐろを巻いたもう一人のボクの姿が見えた。
「おい、連れが迎えに来たぞ」
いつもなら意の一番に目を覚ますであろうもう一人のボクが、
珍しく微動だにせず眠っていたのだ。
「もう一人の…ボク…?」
開け放たれた牢の扉を潜り、
ボクは奇妙な静けさの中、彼の肩へと手を伸ばした……
「つ、冷たっ!!」
冷え切った地下牢に長時間居たとはいえ、いくらなんでも冷た過ぎる。
「――あっ……」
そうだ、アテムは……
『オレ達【蛇】は体温を調節するのが苦手なんだ』
ボクとは『違う生き物』だったじゃないか……
「は、早く!!彼の服と装備を!!」
ボクは咄嗟に近くに居た青年に大声で指示を出していた。
「お、おう!!」
青年ももう一人のボクの只ならぬ異変に察知したのか、牢屋から駆け出していた。

「おいっ!装備と毛布持ってきたぞ!!」
「ありがとう!」
彼は両手一杯にアテムの衣服と大きな毛布を数枚持って来てくれたのだ。
ボクらは冷え切ったアテムの身体に、
いつも彼が身に付けていた体温維持の為の装飾品とマントを纏わせ、
その上にありったけの毛布を掛けて包みこんだ。

――それでも……

未だ彼の眠りを覚ます熱量には届いてはいなかった。
これは普段の『睡眠』では無い。
元々外気温に左右され易い『蛇』である彼が、
生命維持を保てない程に冷え切ってしまったのだ……
「もう一人のボク、目を開けてよ!!」
ボクは必死に意識の無いアテムへと呼び掛けていた。
冷え切った身体を強く抱き締めると、微かだかまだ心音だってある。

――ボクの『熱』も『命』も全部上げるから、目を覚まして!!

「クリー!!」
突然、何かを決意したかの様にクリボーは大きな鳴き声を上げた。
「クーリー!!!クーリー!!」
切実な呼び声に応える様に、壁の隙間や小さな影の闇の中から
町中に居たであろう大小さまざまなクリボー達が、
この狭い地下牢の一室へと津波の様に押し寄せて来た。

★ ★ ★

――あたたかい……

起き抜けでまだ朦朧とする意識の中で感じたのは、
自分を優しく包み込む温もりだった。

――オレは……

だが目の前に広がる珍妙な光景は、色とりどりのカラフルな毛玉の海だった。
どうやらオレはこのクリボー達のお陰で助かったらしい。
ふさふさと弾力あるクリボーの群れの中、
オレは自分の胸元にある温もりの違いに気が付いた。
「お、おいっ!相棒、しっかりしろ!!」
ユーギは大量のクリボーの中で、
その発せられる熱ですっかり上せていたのだ。
熱で朦朧としているのだろうか、
相棒はフラフラとオレの方へともたれかかった。
「…良かった、キミが目を覚まして」
ギュっと確かめる様にオレを抱き締めるあいつの瞳には、うっすらと涙の痕が見て取れた……
「ユーギ…」
こんなにも『大切な人』に、
オレはどれだけの『不安』と『恐怖』を背負わせてしまったのだろう。
「ごめんよ、こんなに待たせて……」
あいつは心底申し訳無さそうに、何故かオレへと詫びていた。

――オレが待っていたのはそんな言葉じゃないぜ、相棒。

お前はオレとの『約束』を果たしてくれた。
「いや、オレも……」
だから今言うべき言葉は……
「待ちくたびれて、少し寝てたぜ」
少しでもあいつの心の荷を下ろす事だった。
「ははっ……なんだよ…こっちは結構、必死だったんだぜ……」
この『オレの強がり』に、あいつはやっと笑ってくれた。
「ああ、そうみたいだな」
ユーギの身体のあちこちには、まだ真新しい傷や打撲の後が見て取れた。
「すまない、怪我させちまったな…」
お前が己の意思で闘ってくれたとわかってはいるのに、
自分の至らなさに悔やみそうになる。
「えっ…ああ、大したこと無いよ!」
そんなオレを察してか、あいつは無事を示すかの様にいつも以上に明るく振舞っていた。
「……心配、掛けたな」
だから、今オレ達が抱えている『痛み』は同じなのだと気付く事が出来た。
「へへっ…お帰り、もう一人のボク」
「ああ、ただいま…相棒」
この言葉を交わす瞬間をどれ程待ち望んだ事だろう……

――相棒、オレを信じてくれてありがとう。

★ ★ ★

久しぶりに見上げた空はとても広く、
世界はこんなにも眩しいモノだった事を思い出させた。
オレは大きく息を吐き、暗所で縮こまっていた全身の筋肉をゆっくりと伸ばした。
そんなオレの姿を何故だか嬉しそうに眺める相棒にも、
やっと普段のゆるみが戻ってきたかの様だった。
――だから、だろうか……
「アテ――」
あいつの普段の『不用意さ』も顔を覗かせていた。
「無闇に呼ぶなと言ったろ」
オレは咄嗟に迂闊な相棒の口元を尻尾で押さえ込んだ。
「あ、ゴメン……」
やっと理解してくれたのか、ユーギはすまなそうに謝っていた。
「『名前』は、二人きりの時に呼べばいい」
「うん!!」
この『約束』もオレにとっては大切なモノなのだ。

――ま、慣れるまでは仕方ないのかもしれないな……

あいつはクリボーを抱えながら、オレの方へ『ある質問』をしてきた。
「あ、クリボーの前でもダメなの?」
それはオレ達の仲間であるクリボーに、この『名』を明かすかどうかだった。
『例外』は余り作りたくは無かったが……
「…クリボーは『命の恩人』だからな」
それでも今回の件でクリボーが居なければ、
オレもユーギも無事では済まなかっただろう。
「クリクリー!」
クリボーは嬉しそうに、オレ達の周りをくるくると飛び回っていた。
「じゃあ、アテ―むぐっ!」
結局、オレはまたあいつの口を塞ぐ事となっていた。

――訂正、全然分かっていないな。

もう一人のボクは少々呆れた様に溜息を吐くと、ボクの方へと向き直った。
「ユーギ、お前に『名』を預けたのは、オレにとって『命』を差し出すのと同じなんだぜ」
それはとても軽く聞き流していい内容では無かった。
「オレの『魔術』も『道具』も、殆どの『鍵』が『名前』だ」
彼がボクに打ち明けてくれたのは、正に己の根幹に係わる事で……
「それに『名』は、オレの『魂』すら縛る事が出来る『枷』にもなる」
キミにとって『切り札』であると同時に『最大の弱点』でもある事を示していた。
「だから、最も秘めるべき事として近しい家族しか知らない」
『家族』にしか明かせない程の『秘密』を、彼はボクに託してくれたのだ。
「うっ…すごく大事なモノだよね……」
改めて、ボクはその責任の重さを肝に命じる事にした。
「だから、普段は今まで通り『もう一人のユーギ』でいい」
「うん、わかったよ」
どうやらこれからも『もう一人のボク』という、
この『少し変わった愛称』は続投する事となった。
「じゃあ、もう一人のボクの『出所祝い』に皆でご飯でも食べに行こう!!」
ボクはまずは景気付けに、
大分食べそびれてしまっていた『皆での食事』を提案した。
「―ったく、オレは『冤罪』の筈だろ?」
もう一人のボクはというと『出所』という扱いに不服そうにしていたが……

「お…おい…」
躊躇いがちに呼び止める、少々ぶっきらぼうな聞き覚えのある声。
「あ、キミは…」
振り返るとそこにはあの自警団の青年の姿があった。
「あー…その…なんだ……」
青年はなんだかバツが悪そうに、必死に言葉を選んでいる様だった。
「わ、悪かったな…」
でも最初に出てきた言葉は、なんだか彼らしい『とても素直なモノ』で……
「ヘビ魔物ってだけで、疑っちまって…」
「いや、運が悪かっただけだ」
改めて、自分の非を詫びる青年にもう一人のボクも特に恨んでいる様子も無かった。
考えて見ればこうして当事者同士が
ゆっくり話す暇など、互いに無かったのかもしれないな。
「あとちっこいのオメェもスゲーよ!」
彼はボクへと向き直ると勢い良く背中を叩いていた。
「『ちっこい』のじゃなくて、ボクはユーギだよ!」
ボクは少々痛む背中を気にしながら、気付けば名乗りそびれていた自分の名前を言った。
「ハハッ!ワリィワリィ!!」
明るく笑いながら謝る青年を見ていると、
なんて事はない普段はこんなにも気さくな人物だったのだ。
「弱っちそうで、なかなか肝の据わった『モンスターテイマー』だな」
「へへっ…そうかな?」
【モンスターテイマー】である事を
こんな風に誰かに褒められるなんて、なんだかちょっと照れ臭いぜ。
「当然だろ」
でも、そんなボクにとっては珍しい賛辞に……
「こいつは『オレの相棒』だぜ」
もう一人のボクはさも誇らしげに、ボクを『自分の相棒』だと言ってくれた。
「ははっ!面白いコンビだな、お前ら!」
そんなボクらを前に、彼も可笑しげに笑い飛ばしていた。
「えぇ!?『面白い』は余計だろー!」
確かにこんな凸凹コンビでは、
まだまだ『面白い』と言われてしまうのも分かるけどさ……
「オレの名前は『カツヤ』また何処かで会ったら力になるぜ、ユーギ!」
改めて彼はボクらに名乗ると『また』という嬉しい『約束』をしてくれていた。
「うん、またね!カツヤくん」
「ああ」
だからボクらも『さようなら』ではなく『またね』と手を振っていた。

★ ★ ★

「ハム貰っちゃったね〜」
別れ際、カツヤくんから『お詫びの品』にと受け取った、
大きなハムの塊をボクはクリボーとまじまじと眺めていた。
――ああ、早く食べたいなぁ……
思えば昨日の今日でろくに食事らしい食事を取る暇も無かった。
「なあ、相棒」
「ん?」
それは考えて見れば、彼も同じで。
「『出所祝い』お前が作ってくれないのか?」
「えっ…?」
だけど、もう一人のボクが『こんな事』言うなんてボクには何だか意外だった。
「それって、ご飯?」
「ああ…」
お世辞にもボクの料理のレパートリーはまだまだ少ない物で、
むしろ日々研究を重ねる凝り性なキミの方が
よっぽど料理上手になってしまったのだ。

――それでも……
「どうせ食べるなら、お前のが良い」
アテムは『ボクの手料理』をリクエストしてくれたのだ。
「うん、いいよ!!」
疲れた体で料理をするのは少し辛いけど、
それでもキミに期待されたなら仕方ない。
「ボクもずっと気を張っていたから、お腹空いてきちゃったな〜」
やっと空腹を実感出来る余裕が出来たのだ、
どうせならとびきり美味しく食べたいぜ。
「ああ、オレもだ」
ボクらは顔を見合わせると早速『祝いの宴』に必要な食材を買いに
まずは市場へと向かって行った。

この澄んだ空の下、皆で一緒に食べる食事は
ボクらにとって何よりのご馳走だった。

★ ★ ★

ある晴れた日に偶然出会った一人と一匹の少年は、
遂に本当の『親友』を得ました。
そして、同時に彼らは
『友を信じる勇気』をも手に入れたのです。

彼らの気ままな旅は、まだまだのんびり続きます。

――けど、このお話は今回はここまで……

ああ、この『恋の行方』について?

――…それでは『蛇足』だとは思いますが、もう少しだけお話しましょう。

★ ★ ★

久しぶりに満足出来る食事を済ませると、
先日の疲れからかオレ達はぼんやりと心地良いまどろみの中にいた。

もうオレは『お前を食べる』より
『お前と食べる』この温かな食事の方が好きなんだ。
オレが欲しいのはお前の熱い『血肉』じゃない、その温かな『心』で……

オレはあいつの胴体へ尻尾をゆるく、そっとすり合わせる様に絡み付けた。
「お前はいつも温かいな…」
不思議だ、この『温もり』が今はなによりも愛おしい。
「ん?キミだって温かいじゃないか」
緩んだ笑みであいつは自分に絡み付くオレの尾に優しく触れていた。
「お前が、温めてくれたからだ」
オレはお前への想いで焦がれる、この胸の様にユーギの心を熱くしたい。

――だから……

「ユーギ、オレはお前が好きだ」
まずはお前に、この『想い』を伝えたかった。

「えっ……あ、う……どうしたの、急に?」
もう一人のボクの唐突な『好き』という言葉に、
ボクは照れ臭さ以上に何故だか妙にうろたえてしまった。
だって、キミが余りにも真剣に言うから……
一瞬、どういう『好き』なのか、ボクには分からなかったからだ。
「『名』を呼んでくれないか?」
それにどんな意味があるかなんて、本当の所はボクには分からない。
「あ、うん!!」
それでもボクはありったけの想いを込めてアテムの気持ちに応えたかった。

「ボクもキミが大好きだぜ、アテム!」
この『無邪気な好き』を前にしたら納得せざるを得ない。
「ああ、今はそれで十分だ」
欲張ればキリが無いなら『今』を楽しむ事だってそう悪くない。
「今は?」
オレの濁した言葉に相棒は不思議そうに聞き返していた。
「フッ…これからもっとオレを楽しませてくれよな『相棒』」
だからオレはユーギへの『愛』と『宣戦』を込めて、その手の甲へ口付けをした。

――二度目のキスだった……

余りにも自然にだった為に、アテムに悪意は無いのだとわかってはいるが……
ボクにはどうにも気恥ずかしい。
「き、キミは…『キス』とか…平気なの?」
あの時だって『切り札』を渡す為とはいえ…ボクとキスとか…
「ん…そういう『生態』なんじゃないか」
しれっと言ってのけるもう一人のボクが、ボクからすれば『慣れない事』ばかりなのだ。
「キミって意外とスキンシップ過多だね」
一度相手に気を許すと、こうも違う顔を見せてくれる
キミへの『嬉しさ』とほんの少しの『戸惑い』

――まあ、悪い気はしないけどさ……

――本当に甘く素直なヤツ……

このしたたかな『恋』を始める為に、まずはこいつを『一人前の獲物』にしないとな。
飢えにも似た、ざわつく様な高揚感に胸が躍る。

――ああ、決して逃がしはしない……

次々と巡る思考と止め処なく溢れる感情に、己の『生』を実感する。
さあ『最高の狩り』の始まりだ。

――愛してるぜ『もう一人のオレ』

★ ★ ★

もう、皆さんはご存知でしょう?

『蛇』はとても執念深い生き物ですから……

――この『恋』のお話は、またの機会に。


>FIN


>BY・こはくもなか


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無料配布で作った同人誌【蛇の道は蛇】最終話のWEB版になります。

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