【カステラ】
それは『玉子』と『砂糖』と『小麦粉』と、
ボクらが知らない沢山の手間隙をかけて出来た『お菓子』だった。

「もう一人のボク、今日のおやつは『カステラ』だよ♪」
ボクはママから預かったお土産物の紙袋を片手に、
リビングのソファでゆったりと寝そべっていた、
もう一人のボクに『おやつの時間』を宣言した。

「カス・テラ?」
相棒に呼ばれオレはソファから身を起こすと、
そこには上機嫌な相棒の笑顔とその手に持っている
多分『カステラ』らしき物が入った紙袋を見せ付けられた。
紙袋の中から相棒は嬉しそうに綺麗に包装された箱を取り出すと。
「うん、ママが頂き物で貰ったんだって」
そうどうやら、このお土産が誰かから武藤家への贈り物である事を言っていた。
「へぇ〜」
オレには『おやつ』であるという事以外、まだ『何か』はわからないが…
それでも相棒がこれだけ喜ぶのだ、きっと良い物なのだろうな。

ボクはよく見ると菓子箱に『長崎』という地名が書かれている事に気が付いた。
「あ、これ『長崎のカステラ』なんだ」
「長崎のカステラは特別なのか?」
もう一人のボクは少し興味深げに、
カステラの箱に書かれた『長崎』という文字を見つめていた。
「本場の『ご当地品』って奴だよ。食べるのが楽しみだなぁ〜」
『名産』・『名物』・『ご当地品』どれも美味しい物の代名詞だ。
この童実野町では味わえない『地方の一品』に、ボクは期待を胸に包装紙を解いた。
出てきたのは長方形の箱。
その中身はボクの予想通り一本の大きなカステラだった。

「四人で食べるからとりあえず半分に切って、こっちがじーちゃんとママの分」
相棒はテキパキと普段からは考えられない手際の良さで大きなカステラを先ずは半分に切った。
「残り半分をボクら二人で食べよう」
そして、残り半分をオレ達二人の『今日のおやつ』として皿の上に乗せていた。
『カステラ』と呼ばれていた物は、
玉子色が鮮やかなケーキのスポンジ部分だけの様な焼き菓子だった。
焼き菓子特有の砂糖と小麦の焼けた甘く芳ばしい香りが質素な見た目以上に食欲を注がれる。
「そして、カステラと言えば牛乳だよね〜」
オレが初めて見る『カステラ』をまじまじと観察している横では、
相棒はいそいそと付け合せの飲み物として
マグカップに入った二杯の牛乳を持って来ていたが。

頂き物の上等なカステラに相性の良い牛乳という完璧な布石がボクの目の前に整った。
後は二人揃って「いただきます」という合図で、この至福のコンボは完成だった。
お互いにまずは一切れ目を口にすると途端に無口になってしまった。
口一杯に広がるさっきよりも濃厚な甘さと香りが、
ボク達から言葉を奪ってしまっていた。
だけど次第に口の中はカステラの強い甘味と香りに慣れ緩慢になってしまう。
ボクはカップに注いでいた牛乳をたっぷりと口の中に飲み干した。
少し冷たい牛乳のまろやかな口当たりと潤いが、
口内を適度な甘味の心地良さへ戻してくれる。

――はぁ…やっぱり、この組み合わせは最高だね〜

そんな至福の一時に浸っていたボクを…
「相棒……口の周り」
「ん?」
もう一人のボクはボクの口の周りを指差しながらクスリと堪える様に少し笑っていた。
「白ヒゲになってるぜ」
「あっ…」
ボクは慌てて口の周りを手で拭うと、
さっきまでの自分が何だか急に子供の様で恥ずかしくなってしまった。

相棒は少し照れ臭そうに、はにかむとカップへ新しい牛乳を注いでいた。
「これ、美味しいね」
「ああ、なんだか優しい味だな」
確かに甘い。
だがそれを差し引いても玉子と砂糖の風味のバランスは絶品だった。
「ボクはカステラの中のふわふわした所が好きだな」
カステラ独特の玉子が効いた、
しっとりとふわりとした柔らかな口当たり。
「オレはカステラの端の茶色い所が香ばしくて好きだぜ」
両端の焼き目の香ばしい、少し苦味のある砂糖の風味も全体の良いアクセントになっていた。
「あっ!わかる、わかる!砂糖の焦げた感じが美味しいよね!」
カステラの黄色と茶色のコントラストは色だけでなく味のメリハリでもあるんだな。
オレはマグカップになみなみと入っていた牛乳に口を付けながら、
これもカステラ特有の味にメリハリを一役買っているのだと改めて思った。

――確かに、この味なら牛乳の方が合うな…

「じゃあさ…」
相棒は徐に残っていた二切れの内の一つを上下で半分に切ると。
「キミはこっちで…」
オレの小皿に茶色い焼き目が多い上の方を…
「ボクがこっちだけを食べてみようよ」
そして、自分の小皿に綺麗な焼き目の無い下の部分を取り分けていた。
「「………」」
互いに皿の上に乗った『自分が好み』だという部位だけをあえて食べてみたが…
「これだけだと、あんまり美味くないな…」
「うん、そうだね…」
それは思ったよりも味気なく、むしろ単調に感じる味だった。
「やっぱり、カステラは外の香ばしさと…」
しっとり甘い生地を包み込む様な少し苦味のあるカラメルの香ばしさと…
「中のしっとり柔らかいのが…」
癖が強いカラメルを和らげるマイルドな玉子味のスポンジの…
「両方あった方が美味しいね」
「両方あった方が美味いな」
その両方があって初めてカステラの美味しいバランスは取れているのだろう。

結局、オレ達は最期の一切れのカステラを半分ずつに分け、
少し豪華だった『今日のおやつ』を綺麗に完食していた。

「また食べたいね、長崎のカステラ」
ボクはしみじみと今日の美味しいおやつの感想を漏らしていた。
「そうだな」
そう言う彼もまた、この至福の一時を噛み締めていたのだろうか。
「今度は自分達で買いに行こうぜ、長崎に」
だから、もう一人のボクが思いついたままに提案した一言は…
「いいね!きっとその方が何倍も美味しいよ」
今のボクらには、とても魅力的なプランだった。

いつか二人、気ままに電車に乗って、
風吹くままに自由に旅が出来たら…
それはきっとボクらにとって、
まだ見ぬ『大冒険』になるのだから。


>FIN


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『W遊戯&旅』をテーマにしたWEB企画「日本全国モミジガリの旅」
の「長崎」にて参加させて頂いたW遊戯小説です。

同人誌「スター★マインド・遊戯王再録集2」にも再録させて頂きました。

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